平田一

PLUTOの平田一のレビュー・感想・評価

PLUTO(2023年製作のアニメ)
4.9
“だれか、この憎しみを止めてくれ。”

漫画の神様・手塚治虫が生み出した傑作漫画「鉄腕アトム」の1エピソード(「地上最大のロボット」)をリメイクしたSFアニメ。「MONSTER」「20世紀少年」などを生み出した浦沢直樹原作の同名漫画を全8話、毎話1時間にも及ぶボリュームで描き出す。これまで数多の独占タイトルを手掛けたNetflixが、この時代に送り出す「憎しみ」の物語、別の角度から掘り下げた「鉄腕アトム」の物語を、豪華スタッフ・キャスト陣が集結し描き出す。

人間とロボットが共存する近未来。絶対に殺人を犯さないロボットが殺害したと思われる殺人事件が発生した。ロボット初のユーロポール捜査官のゲジヒトは事件の背後に潜んでいる、踏み越えてはならない秘密、二本のツノが象徴する“憎しみ”にたどり着き…

犯人はニンゲン(人間)なのか、それともロボットなのかーー?


まだ言葉もまとまらないまま、書き出してる次第ですが、「アストロボーイ 鉄腕アトム」を幼少期に少し見て、それ以外の鉄腕アトムはまるで見てない人間なので、これがアトム最高傑作!とは言えないんですよ。

何せアトムは数があり、しかも初代は大昔。それらすべてを網羅してこそ初めて言えるわけなので。

ですがこれを単体のSF(サイエンス・フィクション)として、SF(サイエンス・ファクト)として見るなら非常に素晴らしく、Netflix独占の配信アニメーションとしても「DEVILMAN crybaby」以来の傑作アニメです! それどころか23年度に触れてきたアニメーションでトップの一つに推したいほどにとても見応えアリでした。

まずこれは「鉄腕アトム」を事前に拝見しなくても、単体で物語を追えるところが良かったです。正史シリーズ主人公のアトムは当然出るんですが、本作の実質の主人公はゲジヒトです。前述したように彼はユーロポールの捜査官で、奥さんや友人へ向ける穏やかな人格と実力が申し分ないロボット捜査官なんです。彼を通してスムーズに鉄腕アトムの世界観とPLUTOの物語に入ることが出来るので、主役としても水先案内人としてもゲジヒトは優秀です。だからとあるお話から本格的に関わってくアトムの参戦もこじつけや無理矢理なものがなく、むしろ“ここから繋がるか!”って見てて興奮しましたね。

演じる藤さんは最近だとダニエル・クレイグの吹き替えが有名な声優さんで、『スカイフォール』や『ナイブズ・アウト・シリーズ』は絶品です。今回は温厚ですが断固たるプロ意識に基づき動く捜査官と精神のゆらぎを知って、自分の過去と向き合っていく人間よりも人間らしいゲジヒトを演じてて、またそれが素晴らしいお芝居で感激です。奥さんやアトムに対して向ける優しい眼差しからのある事件で目覚めてしまった自分の過去に戸惑う面を、高難易度の表現で見事に体現してました。特にゲジヒトを憎悪するある人物との交流。別れ際にゲジヒトがその人に尋ねた問いと、ゲジヒトに涙ながらに応えた人物の返答がこのアニメで一番のハイライトと思ってます!

加えて菅野祐悟さんの劇半が素晴らしく、これほどの完成度はPSYCHO-PASS以来かと。今サントラをSpotifyで聴きながら書いていますが、聴けば聴くほど色んな場面を瞬時に思い出しますし、個人的なイチオシは「Ray of Hope」かなぁ(最終的な推し曲は全部聴いたら更新します)。

それに日常特化型の近未来SFと壮大にして深淵なテーマの配分も良いです。ジャンルはSFなんですが、例えばブレードランナーみたいなビジュアルの洪水や、退廃的世界観に溢れた舞台ではなくて、むしろ日常の延長線上に絞った世界観、本当に訪れそうな未来像を描いててて、対岸の火事だって思えないのが怖いです。加えてしっかりとサスペンスを持続させた作りなので、SFに敬遠している人も意外と見れるかも。というより全体的にSFに収まらない、一つのジャンルに収まりきれない作品を作ろうとしているのを観終えた今では考えていましたね。恐らく手塚治虫さんもPLUTOの浦沢さんもこのアニメのスタッフ・キャストは同じ地平を見つめてて、そのうえで様々な試みをしてるから、常にどこか信憑性を感じたのかもしれません。狙われるロボットたち一つひとつのエピソードがじゃなきゃああまで迫真性を持っているわけないし…

ただ正直終盤は予想通りと言いますか、想定内の幕引きなので、そこは賛否が割れるかな。個人的にはもうちょっととあるキャラとプルートウの最終決戦と氷解を掘り下げて欲しかった。少し唐突に感じさせるところも無くはなかったから、あそこは“心”というバグ(勿論良い意味でです)に戸惑って混乱して、何故なのか追いつけない心理面が見たかった。けど一方で人と違って、良くも悪くもロボットはすぐに結論を出せて、葛藤の渦から出られるかって思えば納得も…でもこうまで巨大なテーマを深遠さを保ったままで鮮やかに収束させるのって難しいよね…

勿論PLUTO対峙には思わず身が引き締まり、まるで地獄の黙示録のカーツ大佐の対面でした。ノース2号のエピソードも涙なくして観れなくって、エプシロンのエピソードも強烈でショックです。というか思い出すほど、語れることが出てくるな…

まとめると令和の時代に産み落とされた傑作にして、覚悟して観てほしい正真正銘の名作。鉄腕アトムを知らなくっても、是非とも一度は観てほしい、

「地上最大の憎しみと向き合った古典」

です!
平田一

平田一