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六龍が飛ぶ Roots of the ThroneのsarahAのレビュー・感想・評価

六龍が飛ぶ Roots of the Throne(2015年製作のドラマ)
4.8
1 イバンウォンの子役かわいい。チャントゥガル(蒙古語最強の男)。

『この「六龍が飛ぶ(ユンニョンイ ナルシャ)」というタイトルは、
世宗大王の時代に作られた楽章の歌のことですね。
龍飛御天歌 1章の最初の詩に出てくる内容になります。
「海東、六龍が飛び立ち 事ごとに天福があふれる」から持ってきたもの
2 ミョンミンさんのスピーチシーンがすごい
3 善より正義を選ぶバンウォン
6 見ぐるみはがれるユアイン
7?
あっちもこっちもサンボン?
将軍の一喝かっこいい!
10 爆豆=制御不能のミステリーカード
12 息子を助けにきた将軍(泣)。
イジラン→将軍(兄貴?)
15 利き腕二剣士の戦いとプニヨニ兄の対面。
16ユアインの海東甲族会合での説得スピーチ神がかってる。こんな人が政治家だったら皆おちてしまいわ。
17 キルテミ朝飯は大事!船着場で待ってたのはユアイン
18 冒頭からキルテミと のとんでもない一騎討ち!
25 血みどろの戦い!タンセの復讐。
ムヒョン大活躍。
29 ついに語られる。ホンデホンが武術ができないのに教えられる秘密!
チョクサグァンびっくり!
31 ダークサイドに落ちていくユアイン
32 1390年マジで土地台帳燃やしたの?
33師兄に出自をバラされて、ほろろと泣くチョンドジョン
36 手に汗握るチョクサグァン対ムヒョル、サバンの死闘。事後、血だらけの趙英珪の手を取り、ヒョン、ケンチャナ。どんな桂でもいいから歴史に名を残したいの夢叶う…。
37 師兄と鄭道伝の友情が一方の死で終わったのと違いムヒョルとチョクサグァンがお互いに殺人は出来るだけしたくないと思って、助け合ってしまうところ、すごく救いになる。そしてついに王座!
39 プニを側室にと勧める奥方、メンタル強い!しかしお前が必要と言われても心の支えだけでなく、力として利用されるという二面性があると、やはりプニは断ると思うな。そもそも始まりの時に側室は嫌だとはっきり言ってるし。かわいそうだけど袂を分つと思う。

43チョヨンギョのスキップかわいい
イソンギ子沢山なのに後妻を迎えたせいで異母兄弟問題が発生するし、権力闘争つらい。サンボン先生との確執さえなければ、王になりたいイバンウォンで即決なのに。子がいない王も大変だけど、子が多すぎる王も大変。
バンウォンとサンボンの対話でのバンウォンのはらりと流れる涙が美しい(バンウォンよく泣く)。ピダムって誰?
王とサンボンの対話、明に行くというのは簡単だが命を惜しんでるという非難に堪える方が難しい。サンボンの立場にあるものは後者の選択をせよ(大意)。だから耐えるのだ!サンボンとバンウォンの頭脳ゲーム

パン村= 泮村パンチョンとは朝鮮王朝時代に、成均館で働く人が住んでいた、成均館の西側にあった村で義禁府の捕卒も敢えて入れない解放区でした。

44 バンウォンにヒゲがつくと、似た顔がまた増える。

45
スギョン牌→虎符
ヨンギョルと先王息子の武器庫での不幸な出会い。
え?ここでヨンギョル死なせちゃうの?

46
世子がかわいいのに(泣)。
バンジとヨニ初めてで最後の抱擁。
ついに運命の8月26日
ムヒョルの俳優192センチ!

47タンセ!
盗み聞きの小娘たち!カップンこんなところで突然の大役!ばかすか切るムヒョル!
一人死ぬたびに名前を燃やすバンウォン

48
世子!!! 末っ子を世子にしなければ静かに無欲に生きられたかも知れないのに。史実では享年16歳。
ヨンギュさん(涙)。
たくさんいたムヒョルの兄弟はどこに行ったの?おばあちゃん可哀想。

50
チョクサグァンの美しい死に様。バンウォンの三男=セジョン。ムヒョルここで根の木につながる。プニと三男。いくら若い頃のバンウォンに似てるからといってもいきなり抱きしめる?(違和感)ラストシーンの海の景色が素敵。

ついに完走。このまま同じ制作陣による「根の深い木」突入します!



https://ameblo.jp/ichigayasongho/entry-12652583914.html

OC127.現代にも残る詩歌?(時調シジョ)
2021年07月06日(火) 14時25分33秒

<ドラマ 六龍が飛ぶより>

第7章 ワンポイントコラム

<韓国朝鮮歴史のトリビア>

127.時調シジョ

ドラマ「六龍が飛ぶ」を見て居ると

チョンモンジュ鄭夢周がリバンウォンに

善竹橋で誅殺される定番の場面が有り、

これまた定番の

「丹心歌タンシムガ단심가」を謳う場面が出ました。


「丹心歌タンシムガ」とは我が国でも有名な

時調シジョ시조です。

時調シジョとは、 我が国の伝統的な定形詩で、 朝鮮王朝時代に流行した詩歌形式です。

日本の伝統的な詩歌と言えば俳句や和歌ですが、日本同様、韓国で今も作られ謳われて居ます。


初•中•終章の3章6句の約45字からなります。

音数律は三四調、もしくは四四調が基本でが、

日本の和歌や俳句の様に厳格ではなく、

多少の字足らずや字余りは許容されます。

但し、終章の最初の句節は必ず3音節でなければならず、2番目の句節は必ず5音節以上でなければならない決まりが有ります。

ここでチョンモンジュ鄭夢周の「丹心歌タンシムガ」を紹介しながら簡単に説明しましょう。

◆옛 우리 글 昔の朝鮮語(発音)

이몸이 죽고 죽어 

イモミ チュクコチュゴ

일백번 고쳐 죽어

イルベクポン コチョチュゴ

白백骨골이 塵진土토되여

ペクコリ チントテヨ

넋이라도 있고 없고

ノクシラド イッコオプコ

님 향한一일片편丹단心심이야

ニムヒャンハン イルピョンタンシミヤ

가실줄이 있으랴

カシルチュリ イスリャ

◆해석解釈 朝鮮語

이 몸이 죽고 또 죽어

백 번이나 다시 죽어

백골(白骨)이 흙과 먼지가 되어

넋이야 있건 없건

임금님께 바치는 충성심이야

변할 리가 있으랴?

◆解釈 日本語

この体が死んで また死んで

百回も再び死んで

白骨が土やほこりになり

魂(たましい)が残ろうがなかろうが

王様に捧げる忠誠心が

変わる筈があろうや?

◆한역 漢訳

此身死了死了 차신사료사료

一百番更死了 일백번갱사료

白骨爲塵土 백골위진토

魂魄有也無 혼백유야무

向主一片丹心 향주일편단심

寧有改理與之 녕유개리여지






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第八回

『何如歌(하여가) & 丹心歌(단심가)』


第五回には"反正"について書きました。
これは朝鮮時代、暴君を王位から引き下ろし新しい王を立てる政変です。
それに加え、王朝そのものを変えてしまうのが革命で、中国や韓国では王の血統、つまり姓を変えてしまうことから"易姓革命"と言います。

イ・ソンゲ(李成桂)が王氏王朝の高麗を滅ぼし、李氏王朝の朝鮮を開いたのも"易姓革命"です。
この歴史が変わる重要な瞬間の一つが、今回のテーマ『何如歌&丹心歌』なのです。


高麗王朝から朝鮮王朝に移行するのは当然容易いことではありませんでした。
政治も思想も全てが二分され、その間の争いがありました。
軍ではイ・ソンゲとチェ・ヨン(崔瑩)が革命派と維持派に別れ、性理学者ではチョン・ドジョン(鄭道傳)とチョン・モンジュ(鄭夢周)がそれぞれ別れて争いました。
モンジュはドジョンの先輩であり一番の理解者でしたが、革命だけは絶対反対でなんとしてでも高麗王朝を守ろうとしました。そして、モンジュは革命派を一掃するただ一度の機会を得ます。
それがイ・ソンゲの落馬事件です。

モンジュは狩りに行ったイ・ソンゲが落馬して大怪我を負い開京に戻れなくなった隙にドジョンをはじめとする革命派を処刑しようと画策します。
しかし、順調に進んでいた計画はイ・ソンゲの五男であるバンウォン(芳遠)によって支障が生じます。絶体絶命の危機と感じたバンウォンがイ・ソンゲを開京まで連れてきたのです。
強大な軍権を持ったイ・ソンゲが開京にいるということは軍事クーデターがすぐにでも起きる可能性があるということで、それを恐れたモンジュはイ・ソンゲの怪我がどの程度であるか知るため自らイ・ソンゲの家に見舞いに行きます。



さて、前置きが長くなりましたが、この時バンウォンとモンジュの間で交されたのが、『何如歌&丹心歌』なのです。


まず、バンウォンがモンジュに詩で問います。
それが『何如歌(하여가)』です。

이런들 어떠하며 저런들 어떠하리
만수산 드렁칡이 얽어진들 어떠하리
우리도 이같이 얽어져 백년까지 누리리라.

【訳】
このようにあのように生きようがなんだというのか
萬壽山の茂った葛のツタが絡まっていようがなんだというのか
我々もそのようにつるんで百年を享受しよう


この詩は≪海東樂府≫と≪圃隱集≫に次の漢詩の形で載っています。

此亦何如 彼亦何如
城隍堂後垣 頹落亦何如
我輩若此爲 不死亦何如

段落毎の最後の二文字「何如」をとって『何如歌』と名付けられ、韓国人なら誰でも知っているほど有名な詩となりました。


これはつまりバンウォンが自分たちの側について仲良く生きていこうとモンジュを懐柔しようとしているのです。

そして、このバンウォンの問いかけにモンジュは『丹心歌(단심가)』で答えます。

이 몸이 죽어죽어 일백 번 고쳐죽어
백골이 진토되어 넋이라도 있고 없고
님 향한 일편단심이야 가실 줄이 있으랴.

【訳】
この身が死んで、また死んで、百回死んだとしても
そして白骨が土埃になって魂があろうとなかろうと
高麗王に捧げた忠誠(一片丹心)が変わるわけがあろうか


これは何度死んでも自分は高麗に仕える考えだから説得できると思うなというモンジュの強い意志を詠んだものです。

このひとえに高麗を想う忠誠心を表す言葉「丹心」から『丹心歌』と名付けられ、これもまた『何如歌』と合わせて歴史に残る詩となりました。


これを聞いたバンウォンはモンジュの説得を諦め、部下のチョ・ヨンギュ(趙英珪)を刺客に送って、善竹橋でモンジュを殺害します。そして、高麗最後の忠臣の死と共に時代は朝鮮へと向かっていくのです。
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