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MIU404のHrtのレビュー・感想・評価

MIU404(2020年製作のドラマ)
4.3
初回を観た感想はいかにも全方位へのポピュリズムドラマという印象だった。
第3話の最後で菅田将暉(当時は彼がラスボスになることなど考えもしなかった)がサプライズ出演したところからも人気者大集合なわけだが、その頃にこのドラマが普通ではないことに気付いた。
それまでの3回で取り上げてきたことと言えば、煽り運転被害と加害、殺人犯と人質夫婦の心理的な共振、未成年の偽計業務妨害。
従来の刑事ドラマで見るような警察行為をデフォルメしたテーマでは全くない。
そしてその気付きは第5話”夢の島”で確信に変わる。
このドラマの脚本にどことなく感じていた怒りの感情をようやく主題として捉えることができたのがこのエピソード。
社会問題、構造への怒り。それ自体の可視化は難しいことではないのかもしれないが、主題と共に形式も重要であり、どう物語に織り込むかということ。
普通であれば見過ごしてしまいそうになる存在を野木亜紀子は掬い上げて寄り添おうとする。
そうした視点がとても好きだ。

それと共に本作に通じているのが、最悪の事態に陥る前に「間に合わせる」ということ。
そもそも警察は通報を受けて動く時点で間に合ってないのだが、初動捜査にあたる機動捜査隊を中心に置くことで事件が拡大していく前に解決しようと奔走する隊員の臨場感を味わうことができる。
第4話、第6話、第8話のように間に合わなかった事例を描きながら、主人公である伊吹と志摩の行動言動の細部に至るまで奥行きを与えている。
そうした経験があるからこそ結実したのが第9話”或る一人の死”だ。
本作ベストエピソードと言っても過言ではないあの45分間の息の詰まりそうな緊張感。
再び間に合わないことへの恐怖心から顔色を一瞬で変える2人。
言葉のやり取りは最小限だったものの表情は何より雄弁だった。
各々の真に迫る行動から被害者の救出という結果へと導くカタルシスには本当に筆舌に尽くしがたい感動があった。
そしてその感動はそれまでの8エピソードで丁寧に人物を描いてきたからこそ得られたものなのだ。

そして真の黒幕との対峙。
菅田将暉演じるクズミは明らかに『ダークナイト』ジョーカーがモチーフ。
目的もなければ動機もないという行動原理の理解不能さが初めてこのドラマで描かれた人物だ。
やむを得ず犯してしまった罪とは違い、システムからあぶれた人間を利用して踊らせ快楽を感じているクズミはやはり最終回に相応しい絶対に相容れないキャラクターだ。
だからこそクズミ対MIU404の対峙は面白い。
特に恩師を自分に投影させ同じ言葉を繰り返す伊吹は他人を操って人生を破綻させる彼が絶対に許せない。
警察という国家権力の暴走を人一倍危惧していた志摩も、クズミを捕まえるにはその道から逸れるしかないと思い始め、ジョーカーと同じく『ダークナイト』に登場したトゥーフェイスのようにコインで決めようとしていた。
だがそれでも2人が互いを信頼し合いバディを組んでいるからこその正当(かどうかはグレーゾーンだが)な公務を経ての逮捕劇。
その間際に自分の望む世界を目の当たりにしたクズミはまさに因果応報だった。
「俺は、お前たちの物語にはならない。」と、メディアのマスに訴えかける手段としてのストーリーテリングを拒絶するこの一言で、逆にそれまで掴めずにいた彼の人間としてのストーリーを垣間見た。

ことあるごとに出てきた「スイッチ」という言葉。
環境や巡り会いや行動など分岐の連続の中で押されるスイッチによって道が決まる。
伊吹と志摩が組んだことで助かった人や少しでもいい方向に人生が転がった人がいる。
最終回ではそうしたスイッチでの巡り逢わせにも言及されていた。
秒針を刻むBGMも性急さや時間軸の表現に効果的だった。

海外ドラマの一挙配信によるビンジウォッチにすっかり慣れてしまった今、久しぶりに一週間の長さを感じさせてくれるドラマに出会えてとても嬉しかった。
あのラストはもちろん本来ならば7月~8月に行われるはずだった東京五輪へ繋げようと用意したものだろうが、コロナ禍でのあらゆることの変貌に柔軟に対応した結果、一層2020年に寄り添った幕引きになった。
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