KnightsofOdessa

DAU. String Theory(英題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

DAU. String Theory(英題)(2020年製作の映画)
4.0
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こちらの番組で本作品について語ってます。観てね~
https://shirasu.io/t/genron/c/ura/p/20211124234526

[ひも理論のクズ理論への応用] 80点

理論物理学者であり稀代の好色漢でもあるニキータ・ネクラソフは、化学プラントに勤める妻ターニャとの間に二人の子供がいるにも関わらず、彼女が研究所にいないことをいいことに女性職員と不倫しまくっていた。『Degeneration』で秘書ゾヤとの不倫が、『Brave People』では図書館長カーチャとの不倫が薄く触れられていたが、本作品はネクラソフの目線から、彼女たちとの独善的な関係を平行して続けようとしたどっちつかずで飽きっぽい最低な男の姿を描いている。映画は1953年、『Brave People』と地続きとなる場面で幕を開ける。ブリノフ夫妻、ローセフ夫妻と並んでカーチャと共に宴会で騒ぐネクラソフだったが、移り気ではっきりしない彼の態度は誤解と嫌煙の対象となる。彼が悩みを打ち明けるのは、これまでの我々の経験上一番頼りにならないであろう、同じく女好きのブリノフでありランダウであって、逆に当時研究所にいた常識人であるカレージンやローセフのマジギレに対して気のない返事をしてやり過ごそうとすらしている。要するに、ネクラソフは逃げているだけなのである。

そんな彼が唯一長く興味を持って接していられるのが"弦理論"である。ネクラソフは『Brave People』でのローセフと同じく"世界を理解したい"という考えを中心に持ち、その"世界"というのは多次元宇宙を含んでいて、パラレルに存在するであろう別の地球や全てが解明されて未来予知すら可能になった地球などに思いを馳せながら、女性たちの関係性にもその理論を応用しようとする。言い換えると、ネクラソフが愛人を同時に抱えまくることについて、"宇宙がそうなっているから"という理論を押し付けようとするのだ。おお、"太陽が眩しかったから"と語感が似ているな(錯乱)。ひも理論じゃなくてシンプルなクズ理論なのだが、ネクラソフは大真面目にそう考えている。そのため、取り繕うこともせず"君は大好きだけど、君だけじゃないよ"と寂しそうな顔で答えているのには流石に意味不明な感情が湧き上がってくる。彼は女性たちの悩みを全て聴いて、クズ理論以外は自分の明白な意見を発しようともせず、曖昧な受け答えてその場を丸く収めようとしているのだ。そして奇妙なことに大体上手く収まっている。愛の為せる技っすかね(投げやり)。

本作品はざっくり二部構成になっており、1953年のカーチャ、1960-66年(?)のゾヤに対して自分の理論を押し付けようとして長い長い言い争いを繰り広げることになるのだが、ネクラソフが若干疲弊しているのが最高に面白い。あんた発案者だろ。カーチャに対して失敗を重ねたネクラソフは13年の間に無駄にパワーアップしており、二部のヒロインたるゾヤは昔の恋人たちの影にまで悩む羽目になる。元恋人や今の愛人たちが集合したパーティのシーンでのネクラソフの立ち回りには最早笑えてくるレベル。最も滑稽なのは続くインタビューで、ネクラソフは毒にも薬にもならない質問に答えていくシーンだろう。最終的に彼の人生を見透かしたかのような"復讐とはなにか?その例を教えて下さい"という質問にフリーズする場面で暗転するのだ。運営はこの面白すぎるキャラをイジってるんだと思う。その点、陰鬱な話の多いDAUユニバース作品の中では最もコミカルな作品と言えるかもしれない。

ネクラソフやゾヤについては『Degeneration』で登場したことを考えると、一つ前の『New Man』と同じく『Degeneration』を補強する映画の一つと言えるだろう。ただ、同作でのネクラソフとゾヤの立ち位置は本流のブリノフやカレージンたちとは少し違って、二人の世界で完結していた気がするので、実際に本作品を観て補強されるわけでもない。また、本作品はネクラソフを中心にしたもう一つの作品『Nikita Tanya』と共に"ネクラソフ二部作"を構成している。同作は1956年に、妻ターニャが子供を連れて研究所に乗り込んでくる話で、1966年時点で決着がついてないのを考えると色々泥沼なんだろうと勝手に想像する。
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