都部

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの都部のレビュー・感想・評価

4.3
非常に奇想天外で痛快な物語でありながら、普遍的な愛の証明の物語でもあるという、インディペンデントムービーの優秀な点とメジャーに遜色ないケレン味を感じさせる一作。
大作映画によりすっかり市民権を得たマルチバースの設定を、見本市とも言うべき多種多様な演出で絞り切る挑戦的な作りはとかく好ましく、人生が如何に荒唐無稽で馬鹿馬鹿しく愛おしいかを高らかに語り上げる筆致は監督の前作:『スイス・アーミマン』に感じた奇妙と誠実が同居したエモーショナルを思い出させる。

マルチバース──『自分の人生に有り得た可能性』を次々と交通事故の如く体験していく中で、エブリンの価値観は当然だが変化していく。

世代差により価値観が対極にある親と子に挟まれた母/一人の中年女性である彼女が変化するのは難しく、そこには"今更"という枕詞が付くのはある種必然である。そんな立場に置かれたエブリンが未曾有の体験の中でしか得られない気付きを得るドラマは納得があり──親、伴侶、子供──自分のパーソナルな間柄の相手に、一歩寄り添うという愛の示し方はともすれば普遍的だが、陳腐化されない感動がそこにはあった。最高のキスシーンで、最高のハグシーンである。

そうした愛の物語を何でも起こり得るマルチバースの設定と抱き合わせる大胆不敵さはやはり愉快だと思う。特にバースジャンプの発生条件は面白く、それに基づく奇妙な攻防戦が物語を盛り上げている。アジア人が主役だからカンフーというのはややステレオタイプだが、怒涛の展開の中で繰り広げられる見応えある肉弾戦は流石のルッソ兄弟プロデュース作品で、語り部にして主役であるエブリンを魅力的な主人公(ヒーロー)として仕立てているのは紛れもない事実だろう。

また本作は優れた映像表現/それを可とする映像編集の妙が溢れる一作でもある。昨今 マルチバースを軸として語る物語は複数あるが、多次元世界との共鳴が引き起こす混沌の表現という点で本作は既存の作品を置き去りにする素晴らしさを発揮しており、異なる可能性の世界と繋がるという行為を物語のテーマと重ねることで真摯に語っているのだ。この挑戦的な作風を、結実させているのは見事という他ない。

前作から共通する要素として下劣な諧謔味を伴うジョークセンスが挙げられるのだが、強いて言えば人を選ぶのはその点だと思うけれど、私としては爆笑する場面が多かったのでまあ行儀が悪いのかもしれない。犬と二刀流(見た人間にはこれで分かると思うが)は特に大笑いした。

あと嬉しかったのは個人の物語でありながらも、周囲の人間すらも拾い上げる優しい手つきだった。たとえばヒーロー映画の主役は良くも悪くも"市民"ではないから、大義の結末に自ずと引き摺られる名も無き人間たちのドラマはそこでは語られない。しかし本作の主役は市民:エブリンであり、その解決方法も力ある者のそれではない、終盤の気付きを得た彼女ならではのもので大変良かった。

哲学的な命題を語る一方で、カオスジャンルの面白さをエンタメとして追求した、優れた二面性を持つ本作は面白い映画だ。それに間違いはないし、こんな珍妙な変化球気味の作品が世界的に評価されたという事実は作り手としてなんだか嬉しい気分にさせられる。

最後に、本作のベストシーンを決めるなら、私はやっぱり石に纏わる全てのシーンを挙げるだろう。この映画で大泣きした場面はあそこだ。
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