マサミチ

生きる LIVINGのマサミチのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
-
日本とイギリスの文化の違いによる脚本の変更点が幾つか見られるが、逆にそれを楽しめた。

オリジナルの主役の市役所の課長はどちらかと云えばおどおどとした小市民だったが、これを演じる志村喬が見事に表現していた。

今回のビル・ナイは背筋がピンと伸びた厳格な初老の紳士となっていて、大まかには同じでも主人公キャラの造形がこうも違うと作品の印象もだいぶ違ってきて面白い。

主人公が医者から癌を告知されるのもオリジナルとは違うが、オリジナルでややくどく描かれたその後の自宅での息子夫婦との場面や息子への想い溢れる回想場面をリメイク版はわりとあっさりと描写していて、これは70年前の映画と今の映画との描き方の違いなのかもしれない。

オリジナルで小田切みきが演じた役所の女子職員のとよをエイミー・ルー・ウッドとゆう女優さんがマーガレットとゆう役名で演じているが、
転職先がオリジナルでは小さな玩具工場でリメイク版ではカフェのウェイトレスとゆう違いも、敗戦後の経済的にまだ立ち上がれていない当時の日本と戦後に経済が復興してきて庶民の生活も潤いを増してきている当時のイギリスとの就職事情の違いが見えてくるようでこれもまた面白い。しかもマーガレットが見栄を張って副主任と嘘ぶくのもおかしい。

それにしてもビル・ナイとマーガレットが街で遊ぶ場面にUFOキャッチャーが出てきて興味深かった。

さて…いよいよ重要なところ、ビル・ナイが余生を生きる事に目覚める場面。

オリジナルではとよが会話の中でちょっとのヒントを与えるくらいなのだが、リメイク版ではビル・ナイがマーガレットに癌を告白し、自ら目覚めるような流れになっている。

ここはね、たぶん賛否割れる気がするが、オリジナルの小田切みきの深刻に捉えるのがめんどくさいけど、とりあえず課長さんも何か始めれば?みたいな軽いノリと志村喬の突き詰めた思いとのギャップから醸し出される変な味わいが絶妙な場面だったのだ。その後に流れるハッピーバースデーの合唱のシュールさも含めて。

ここは脚色のカズオ・イシグロ氏の生真面目さが出てしまったかもしれないし、演じるビル・ナイのキャラクターに引っ張られてしまったかもしれないが、ちょっと僕はここの描き方は気に入らないかな?

オリジナルの通夜の場面をリメイク版では改変して、帰りの列車内で市役所の同僚たちが会話する場面になっているが、これは文化の違いによるもので致し方ない。

それよりマーガレットが葬式にしっかりと顔を出す描写は意味合いが違ってくるだろう?

先程の場面と繰り返す事を書くが、やはり課長の事を何とも思っていない娘の何でもない言葉から生きるキッカケを掴む主人公の姿にオリジナルの【生きる】の面白さがあると思うのだ。

だからオリジナルのとよに該当するマーガレットが課長を偲んで葬儀に現れたらダメでしょう。これも買いませんね。

後は…オリジナルの通夜の場面で同僚たちを演じた芸達者な面々の神業のような会話の呼吸には
いくらなんでも太刀打ち出来ませんよ。

この場面の趣旨は小市民の滑稽さ物悲しさだろうし、リメイク版みたいに列車内で顔付き合わせて団結力高める場面を描いてはかなり意味が違ってきてしまう。

まァ、完成した公園で警察官がブランコで歌う課長の最後の姿を目撃したとゆう場面を構成し直してああいう形に持ってきたのは特に問題ない。

もっともビル・ナイが意外にも上手く唄ってしまうところは(笑)

志村喬さんは【鴛鴦歌合戦】を観れば分かる通り決して歌がヘタなわけではないのだが、オリジナルの【生きる】ではわざとヘタに唄って、その姿に胸打たれたのだ。

いや、ビル・ナイの演技を否定する気はないが、もっと掠れるような弱々しさも必要だったのでは?

案外と貶してしまったが、1本の映画として観れば純粋に良作ですよ。

もっと書きたいがここまでで。
マサミチ

マサミチ