なつこ

TAR/ターのなつこのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0
漏れ聞こえる感想ではリディアはもっと権力振りかざして好き勝手にやる冷酷な女性だと聞こえてたんですが、マウントを取ってくる相手への対応も上手いし、オケを笑わせるユーモアもあるし、私の目にはただ音楽を愛するとても真っ直ぐな迷いのない人に観えた。

最初のトークセッションでリディアが言っていた「愛を選ぶ」という答え。あれが全てだったように思う。
彼女の音楽に向けられる「愛」。

私はクラシック音楽についてまったく知識はないけど、彼女の話を聞いていたら、なんだかとても興味が湧いてきた。
彼女の解釈がとても情熱を持って伝わってきたから。そこはケイト・ブランシェットさすがの説得力だった。
俳優が違ってたら、居眠りタイムになってたかもしれない。

彼女の音楽への愛はものすごくて、誰かを選出しなくちゃいけない時のジャッジに、自分の気持ちや自分との関係性、周りとの忖度は関係ない。
どうしたら演奏がより良くなるか、判断基準はそれだけ。

中盤の生徒への過剰な講義も、別に彼を言い負かしたいとか攻撃したいのではなく、音楽に対して音と関係の無い部分で偏見を持つことを許せないだけだったのでは?と私には見えた。

その全てが裏目に出て、リディアは社会的に追い詰められていく。

でも自分の築き上げたあれやこれやを失っても、どんなに苦しくても、前を向けて立ち上がらせてくれるのも、やっぱり音楽。
薬を常用し、不眠症で、彼女は決して強い人間ではない。音楽に注ぐ愛が彼女という人間を強く見せているのだと思う。

権力があってもなくても、リディアはリディアであり続ける。それがすごい。
私があんな状況になったら、業界から消えてしまいたいし、周囲を恨むしトラウマになる。絶対転職する😭

セクハラも事実がどうだったかは、明確にはならない。でも、リディアの傍にいながら彼女の悪口をチャットしてたり、彼女の発した言葉を悪意のある切り貼りで繋いで動画を編集してSNSに流すような連中は、なんも悪くないというのだろうか?
影でコソコソやって表に出てこない連中の方が、余程卑怯だ。

もし問題の女性と過去愛人関係にあったとしても、あの感じだと権力を使って強要したとかではなく、普通にお互い様の関係だったように思う。どちらかが冷めて別れるなんて、よくある事だ。
リディアだけが悪いとは思えない。

いちばん大変な時に誰も手を差し伸べず、というか誰も彼も裏切り、見てるこっちが( ºДº)キーッ💢ってなってしまった。
結局周りだって、彼女の権力を利用したかっただけなのだ。
それが無くなったら用はない。

純粋な子供だけがリディアの事を理解している。夜中に怖い時も呼ぶのは母親のシャロンではなくリディア。
虐められたことを相談するのもリディア。
一緒にいる時間は短くても、自分を心から愛してくれる人はちゃんと分かっている。

今作の余韻が凄すぎて、ホントはあと2本観ようと思ってたのに、ハシゴするのをやめてしまったくらい、もの凄い作品でした。

役作りの枠をとっくに超えてる、もはや人間業とは思えないケイト・ブランシェット。これでオスカーとれなかったなんて、アカデミーは審査基準を考え直した方がいい。

以下少しだけネタバレ

























マッサージ店を紹介してもらったつもりが、少女売春の店だったというシーン。
少女たちのあの並び方はオケそのものだったし、1人だけ見つめてくる少女は、オルガにもフランチェスカにも、第一チェロ奏者の女性にも、そしてクリスタにも思えた。

そこで嘔吐するリディア。
今まで自分が彼女たちをどう見てきたのか、どう接してきたのか、すべてのことに対しての嘔吐にも見えた。
ただただ夢中で登り詰め走り続けてきた彼女が、初めて過去と対面したように。
とても重要なシーンだったように思う。

そしてラストの演奏会。
あれモンハンの演奏会だよね?
リディアの培ってきた音楽性もこだわりも出せないあの独特な演奏会でも、彼女はきっと全力で指揮をする。
落ちぶれたのではなく、新たなスタートを切ったように私には見えた。
彼女の音楽への愛は決して枯れることは無いのだ。
なつこ

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