マインド亀

TAR/ターのマインド亀のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.5
『芸術』と『権力』を巡る高貴な狂気!ケイト・ブランシェットが全編支配するサイコ・スリラー。

●『TAR』観てきました!2時間38分、あっと言う間でした!観終わった後に茫然自失になり、この映画を構成するあまりに多くの要素に語るべきところが全くまとまらず、パンフレットを眺めながらこの映画のことを考える日々でした。
多くのレビューや批評や考察にあるように、語るべき要素が多すぎます!この映画が持つ危うい狂気が人々を引き付け、語らせようとするのでしょう。しかし私の稚拙な文章では語り切ることができません。
ただあえて語るのであれば、私は『ケイト・ブランシェットの人間を超越した力』と、『クラッシックに携わる人物像のリアリティ』を語りたいと思います。

●本作は、このターという指揮者がいかにして世界の頂点から転落していくか、という物語であります。
まずはこの指揮者としての立ち居振る舞いやプレイそのものを血肉としてしまったケイト・ブランシェットに脱帽せざるを得ません。
そしてそのリアリティのあるプレイそのものが恐ろしい。
私も大学時代、恥ずかしながらも、隅っこの方でオーケストラに在籍していたので、割とオーケストラ描写には敏感なのですが、楽器のプレイヤーとは違い、指揮者というのは打点をしっかりと見せるという指揮のスキルそのものと、指揮を血肉と化し立ち居振る舞いそのものが指揮者に見えなければならないというなかなか難しいプレイヤーなのです。がしかし、ケイト・ブランシェットの長回しでのテュッティ指導は大御所指揮者そのものの迫力。曲の中断の仕方や視線、感情の出し方は現実の指揮者先生を思い出させながらも女性らしさをブレンドした迫力がありました。どんだけ練習したんだよ!!!
(話は逸れますが『蜜蜂と遠雷』の鹿賀丈史も上手でした!よくいる指揮者のコピーのようでした!)
今回のケイト・ブランシェットはわずか一年で指揮を学び、実際にレコーディングも行い、ピアノを学び、ドイツ語を習い、スタントドライブを習い、それと平行に2本の映画に出演するというとんでもない人間なのです。
まさに『TAR』のためにあてがきされた俳優。そんな彼女が栄光の果てに凄まじいスピードで堕ちていき、恐ろしいほどのストレスから取るあのアコーディオンの演奏!いやほんと、人を殺めるよりも恐ろしいわ!
またさらに、あの長尺のテレビでのトークショーや学校での講義など、芸術に対する姿勢を語らせて説得力のある演技に戦慄を覚えました。特に作曲家の私生活と作品を切り離せて考えられない学生のマックスを論破するシーンの凄まじさ!
あのシーンではキャンセルカルチャーに対する一つの答えを述べており、私としては大いに同意できるところではありますが、切り取られ方によっては取り返しのつかなさそうな状況になるなあとハラハラしておりました。
そういったハラハラがたくさん積み重なって、彼女自身がキャンセルされてしまうという皮肉な結果になっていくのですが…。
『Search2』や『ノットオーケー』なども記憶に新しい、最近の映画で多い【SNSの掌返し描写】の中でも、今作は軍を抜いてリアル。SNS動画の切られ方と繋げ方が、よく見る感じのリアルさなんですよね。
観客の我々は大学の講義を丸々観ているため、どういう風に切り取られて順序を入れ替えるとそうなるのかがはっきりと解るだけに、現実世界で起こっている動画や音声の流出データの真偽を疑ってしまうようになりますよね。
しかしながらターは、それよりも明らかに「黒」である問題な行動をやってしまっている。メールによってとある人物の出世を抑える行動は流石にアウト。そのメールを削除したり、フランチェスカのメールを覗き見たりするなど、権力を持ってしまった芸術家のセコイ闇の部分を華麗に行います。
ここまでの振り幅を演じきるケイト・ブランシェットの深淵を見た気がします。

●また世界最高峰の交響楽団であるベルフィルの専任指揮者が女性でありレズビアンであるというところは今のところファンタジーなのですが、既に映画界の頂点を極めたケイト・ブランシェット自体が性別を超越した存在であるのことと、公共性の高いベルフィルが世論の流れに敏感であることからもいずれあり得るであろうリアルな設定です。クラッシック界に近々現れるであろうカリスマの、随分と考え抜かれたリアルな人物像というわけなのです。
さらに実家との確執、シャーマンへの傾倒、暴力性、クラッシックに目覚めたきっかけなど、この人物造形のこの深さはとてつもなく考えられているので、本当にターという指揮者の伝記なのではと思えるほどです。

●基本的にこの映画ではカメラはターだけを中心に据えており、ターのいないところでカメラは回らない。それによって我々の視点はターと同化し、絶望に陥るのですが、まさかあそこまで、地べたからでも再び這い上がろうとする精神を持ってるとは思っておりませんでした。それもこれもケイト・ブランシェットだからこそ演じられる狂気の執着!でも、それが夢だったんだ、簡単に捨てられないだろ!そう思うと感動的なラストだったと思います!いや本当にスゴイ映画でした!
マインド亀

マインド亀