まだ途中
意識高い系のための映画と言えるかな。
大まかなあらすじとしては、世界トップのベルリンフィルの指揮者を務める女性指揮者リディア・ターの栄光からの転落が描かれているが、ジェンダー、同性婚、移民等の問題を絡めつつ、かつ、現代ならではのSNSをはじめとするネット社会の問題も背景に話は展開される。
冒頭からエンディングのような長いタイトルロールが流れ、それに引き続いて、ニューヨークでの主人公リディア・ターへの公開インタビューのシーンが長々と続く。リディアの音楽に関する講釈が延々と展開され、自分はある程度音楽に詳しかったので理解できたが、興味のない人には何を言ってるのかわからないような話だったのではないだろうか。バーンスタインのマーラー解釈がどうこうなんてマニアックすぎる（笑）
この辺の構成は、これからの物語、ずっとこんなだからついて来れない人は来ないでねと言ってるようだった。
その後もクラシック音楽に関する知識がないとなかなかわかりにくいだろうエピソードが次々と出てくる。自分はそのマニアックさを楽しめたが、普通の人はどうなんだろう？
レコード会社のグラモフォンが協力しているので、実在の人物がたくさん登場する。初めの方のシーンでレコードジャケットが床にぶちまけられているのも実在のものだし、リディアがジャケット写真を撮影するための参考にするジャケットもアバドなどの有名なレコードだ。
ベルリンフィルの歴史に触れる中で出てくる歴代常任指揮者のフルトヴェングラー、カラヤン、アバドも実在だがその次の指揮者に該当するサイモン・ラトルは出てこない。存命だからだろうか。この代に当たるのがリディアの恩師に当たるアンドリス・デイヴィスという架空の人物になっている。しかし、アンドリュー・ディヴィスという指揮者は実在するし、アンドリス・ネルソンスという指揮者も実在するのでちょっとややこしい。名前はこのあたりから着想を得たのかもしれない。
ベルリンのレストランで交わす恩師のアンドリス・デイヴィスとの会話は興味深い。
アンドリスの
「ベートーヴェンの運命の第３楽章の第１主題はモーツァルトの40番の最後の楽章と音程が同じだ。
ベートーヴェンのスケッチブックを見たらモーツァルトの最終楽章の29小節分もがそっくり模倣されてたんだぞ。」
という話は初めて知った。また、
アンドリス「ショーペンハウアーは人の知性を雑音への過敏さで量った。」
リディア「彼は階段の下に女性を投げ飛ばして訴えられませんでしたか？」
アンドリス「しかし、性格上の欠点と偉業が関係してるかわからんぞ。」
このさりげない会話はこの映画全編のテーマとも関係しているし、ラストへとつながるメタファーともなっていると思う。
リディアとベルリンフィルはマーラーの交響曲全集録音の集大成として第５番を録音することになっている。マーラーは第１番から第９番まで作曲しており、さらに番号のない「大地の歌」と未完の第10番があるので、実際には11曲あるのだが9曲録音とどこかで言っていたようなので番号付きだけを録音するということなのだろう。しかし、最後に第5番を持ってくるというのは珍しいのではないだろうか。
第5番と言えば、第4楽章アダージェットがルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で使われていることで有名だ。映画の中でもヴィスコンティの名前がどこかで出てきたので当然意識しているのだろう。「ベニスに死す」はマーラーがモデルと言われる初老の音楽家が少年に恋心を抱くという物語であり、同性愛がテーマの一つであるから、本作と通じるところがある。
また第５番は、ベートーヴェンの交響曲第５番「運命」の最初のモチーフであるダダダダーンが冒頭のトランペットの独奏で使われているということでも有名であり、これも関係しているのだろう。
この映画ではリディアといろいろな人物との関係が描かれているが、中でも際立っているのが若き女性チェリスト、オルガ・メトキナとの話だ。
同性愛者であるリディアはベルリンフィルのオーディションでオルガが気に入り入団への計らいをする。
ここでも面白いのが、実在の女性チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの名前が出てきて、彼女の得意だったエルガーのチェロ協奏曲をオルガも得意で、リディアがデュ・プレのどの演奏を聴いてきたのと聞くと、オルガはyoutubeで聴いていた、指揮者がだれかなんか知らないと答えるところ。ここに二人の世代間ギャップがあり、現代はネット社会であり、情報を広く収集できるが断片的であるということを示している。
二人のギャップは、リディアがこれまで経験していないリディアが追いかえる立場で、オルガに翻弄される弱い立場になっているところが面白い。
カラヤン時代のザビーネ・マイヤー事件
謎
公園での叫び声
オルガが家に帰るところ
