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ケイコ 目を澄ませてのcyphのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
3.9
三宅唱はまず初めに「こういう人間のこういう所作・声の出し方・佇まい・纏う時間・たましいの在り方がかっこいい」っていうのがあって、それをいかにフィルムに定着させるかを真剣にずっとやってるかんじが何より好ましい ケイコも会長もトレーナーのお兄さん(岸井ゆきのと三宅唱にボクシング指導をしたのも彼だったと記事で読んだ)も、端的にかっこいい 短い言葉で切り抜くことのできない、彼らの時間に目と耳を澄ますことでしか受容できないかっこよさ 人間としての器量 それを信じてるってことがぜんぶのショットからビシバシ伝わって、さらにそうした監督からの信頼に報いようとする観衆の集中と受容が映画館を満たしてるかんじもまた特別で、近年またとなく上質な映画体験だった

ケイコが音のない世界に目を澄ませて生活するということを理解するには、わたしたちは少なくとも目と耳の両方を澄ませる必要がある 環境音がリズムを伴って鳴り響くのも、ぶつかってくるおじさんの怒号がわたしたちだけに届くのも同じことだと感じた あの暴力がせめてケイコに届かなくってよかった、とほっとすると同時に反対にこれまで彼女にだけに届いてきた別の暴力を想う 環世界 コロナ禍のマスクがそうした阻害を生んでいることだってわたしはずっと無自覚でいたし 目を澄まし想像することを内でも外でも励行しててかっこいい

16ミリフィルムってだけでも素晴らしいのに、にじむ涙と共にいまもよく覚えてるショットがいくつもある スケッチブックに書かれた言葉(「新しいコンビネーションミットやろう!」だったと思う)がケイコに運ばれ意思疎通が叶う瞬間、お母さんの撮った露出過剰な写真たち、インタビュー、ジムに舞う埃の煌めき、会長と鏡の前で並んだときのケイコの安心した笑顔、弟の彼女ハナの自己紹介(手話で表される彼女の名前の美しさ、ちがう世界ちがう受容と出会うということはたとえば自分の名前の美しさに出合い直すことだと端的にわかる)そして3人が踊るだけのあのひと時 北千住駅前や松屋浅草前の横移動も素晴らしかった 見知った景色であればあるほど遠く霞んで見えるうれしさ

ケイコが(特に中盤まで)徹底して圧倒的な他者として描かれてる(「わたしの心を勝手に読まないで」という丁寧な注釈つき) ことについて、わたしはロッキーの逆張りだからかなとふんわり予想したけれど別の人は濱口竜介への逆張りに違いないと断言していて、なんにせよ様々な裁量を委ねてくれる優れた作品を観てあーだこーだ好き勝手言えることのよろこびを噛み締める年末だった
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