河合優実も河井青葉も好きだし快演だったと思う、佐藤二朗もよかった、よかったけど、実話だろうがなんだろうがさすがにジェンダー表象に悪意がありすぎる、憤りをミソジニーに帰着させてすっきりさせる前に構造を語れ、構造を撃て!てなった 買う男の罪、母親のみに育児負担を強いる父親の罪は漂白されたまま「毒親の母親のもとに生まれたらこんな酷い目にあってかわいそう」で胸撫で下ろしてたら結局ただの感動ポルノやないかい
こんなん説明するのもいやだが
・あんに親切にしてくれる人としてきちんとカットを割られた人→佐藤二郎演じる男性刑事、稲垣吾郎演じる男性記者、就職先の介護施設オーナー男性、老後施設での被介護者男性、学校でパンをくれる男性生徒
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・あんに親切にしてるにも関わらずカットを割られない人→給食室に一緒に向かう女性生徒、仲良さそうにお喋りしながら出勤する女性同僚
・感情的で知性からほど遠く事態を悪くする人→暴力を振るう母親、その暴力を見て見ぬふりする祖母、小さな子供を唐突に預け置き去りにする隣人女性、介護施設職員のおばさんも母親が殴り込んできたとき無力に狼狽える姿でしか描写されない(落ち着いて冷静に対応する男性オーナーとの対比)
おじさん二人が20過ぎのあんをラーメン屋やカラオケに誘っては楽しい時間を過ごすのをあんの人生の回復として描くのも加害に近すぎてひえーとなった 大人の男の世界こそ「人間」の世界で、動物の世界に生きてたあんが親切な中年男性によって「人間」の仲間入りをさせてもらった、とでも無意識に誘導するような グルーミングって言葉知ってるひとひとりもいなかった?
ノートを買うか万引きするか悩むシーンや団地の嫌さのリアリティはよかった 真に嫌な気持ちになった ブルーインパルスの嫌さも思い出させてくれてありがとう でもそのぐるぐる渦巻く気持ちを稲垣吾郎のあのクソみたいな台詞「僕が記事を書かなければ…」に代表されるあの二人の自己愛の確かめ合いに帰着させるんなら結局なんもわかってないやんけ がっかりが勝った