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ケイコ 目を澄ませてのたにぐそのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
4.3
一昨年の話題作をようやく鑑賞、面白い!

とんでもなくハイクオリティな音響と映像の演出が物語に合致していて、100弱の短い尺ながら映画としての肉厚さにとにかく感動

何気ない環境音メインの音響と、ザラザラした16mmフィルムによる微細でエモーショナルな映像で語られるのは、聾唖プロボクサーの主人公ケイコの何気ない日常の切り取りだ

ジムでのトレーニング、通勤、家族との会話、買い物、仕事、友人との談笑、河川敷での黄昏、試合

様々な日常場面でのコミュニケーション(手話、ジェスチャー、表情、筆談、読唇、音声書き起こし、ダンス)を淡々と描いていて、特にコロナ禍特有の難しさ、マスクで口が隠れていることのマイナス要素の描き方も自然で見事だ

主人公に対する人も、無関心や無理解な人もいれば、寄り添ったりただただ困惑したり、別に日常の一部として不自然に合わせず気にしていない人もいて様々

そんな中、全編通して環境音が繊細かつ印象的に配されているからこそ、「このミット打ちの破裂音や縄跳びで床を弾く音、裏で他人が説教を食らってる音、徐々に荒くなる自分の息遣いの音すらも聴こえないのか…」と、逆に主人公の孤独がまじまじ感じられる

しかし抑制された演出と美しい映像で、それこそ無声映画のような味わいもある不思議

障害を扱った作品として軽すぎず重くなりすぎない絶妙なバランスに思えた

そして物語は老境の会長とケイコの普遍的な師弟愛のドラマになっていく

「人はひとりでしょ」と言い切る主人公がジムの廃業という出来事を受け徐々に心が揺らぎ、立ち直る様が描かれていく

スポ根ではなく、ただただコミュニケーションの在り方を淡々と描きつつ、演者の繊細な演技、特にケイコ役の岸井ゆきのの「目」と会長役の三浦友和の「背中」の演技が素晴らしく、心理的説得力を持たせている

最終的には障害のあるなし関係なく、誰しも心動かされる必見の一作になっていた
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