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PLAN 75のpluviaのレビュー・感想・評価

PLAN 75(2022年製作の映画)
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75歳未満の働ける年齢には安楽死が適応されない設定も、労働マシーンになっている象徴で、
"人権がないこと"と同じではありませんか?


まず"プラン75"とSafariに入力すると"実現してほしい"や"賛成"という予測変換も表示されます。
安楽死は望まれている制度だと思います(無関心な人には見えない他人事の世界なだけで)。

安楽死は「人権」ですとの意を以下で書いています。

しかしこの映画、設定がエイシズム(年齢による偏見や差別)の悪意を感じます。

年齢が何歳であろうと、元気な人は元気で、病気の人は病気で、生きたい人は生きたくて、死にたい人は死にたくて、環境が良い/悪い、などあらゆる事は別に年齢と関係ないと思います。

一般的に歳をとると体力が落ち病気がちになりますが、"一般化"とはすなわち全体主義のヒトラーみたいなものです。(本作はエイシズム差別主義の悪意を感じます)。
その一般化とは、PLAN75システムがあると老人が無言の圧で死を選ばされる社会になるというストーリーを見せて、だからディストピアにならない努力をしなければいけない、こうなるのは間違えだ、という考えを全体主義的に強要する。(しかも本来は、ディストピアか否か、現状よりもユートピアなのかは受け手次第なのだが)。
その強要がもたらす次は、
安楽死を望む人への思想抑圧/全体主義ヒトラーがかつてやったように映画を利用して考えの違う人間を排斥しようとし、一般大衆に正解を流布して社会に浸透させ、正解以外を一般の人が攻撃する社会(現に、多方面分野において既になっています)。

これは映画評論家がこの映画タイトルを出して、実際にやっているのを見ました。
"PLAN75はディストピアであり、そんな世界は地獄だと描いているのに、これが良いと言い出す人がいる。"と言って安楽死を望む人(背景にはさまざま理由や苦しみがあって望んでいる)を攻撃していました。

そもそも、"この映画を見てこう思わなければいけない"などと言う映画評論家って、ハテ?(虎に翼ふう)


この映画自体(年齢設定を除けば比較的良かったと思っています)よりも、映画のストーリーを盾にしてエイシズム(差別)と同列に(人間の生存権や自己決定権の範囲として議論されなければいけない)安楽死に反対するために映画を利用する(見た中の一例は、利用し気に食わない意見の他者を叩きバズらせるという流れにしていた醜悪なのを含む)人たちの利益になっています。

さらに、人権の分野で議論されるべき安楽死を、賛否は命のコストを巡る話であるとの間違った印象を広めてしまったと思います。

エイシズムの問題でいえば、
18歳か20歳から安楽死を選択できる"PLAN20"ならば差別にはならず良かったのです。
運転免許、飲酒、と同じ年齢から「本当の人権/生存権」がもらえる社会がいいと思います。
(権利というのは捨てる権利がなければ義務になり権利とは呼ばないので、安楽死が含まれない生存権は実はお飾りで存在しないのと同じである)
安楽死は人権です(個々人に賛否があるのは当然として、安楽死が差別助長するものという偏見の植え付けはNO)。PLAN20ならばエイシズムの差別をする構図もなくて済み、人権映画になったでしょうと思います。

(内容的に、どう書いても言葉が十分にならないのはご了承を。)
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