耶馬英彦

PIGGY ピギーの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

PIGGY ピギー(2022年製作の映画)
4.0
 アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニングテーマ曲の「残酷な天使のテーゼ」の歌詞の意味はよくわからないが、本作品に登場する正体不明の男は、まさに「残酷な天使」なのではなかろうか。

 主人公の少女サラを取り巻く環境は、不愉快そのものだ。家業の肉屋は手伝わされるし、母親はパターナリズムで命令と叱責しかしない。父親は優しいが、弟は皮肉屋だ。学校では太っていることで子豚(Cerdita=スペイン語、Piggy=英語)と呼ばれていじめられる。ベーコンと呼ばれて追いかけられたりもする。
 サラを特にいじめているのが女の子三人組で、プールで泳いでいるサラの頭を掬い網に入れて溺れさせようとする。サラが潜って逃げると、サラのバッグとバスタオルを勝手に持っていって困らせようとする。その直後に「残酷な天使」に暴力的にさらわれる。
 そこから先は少女の感情と良心のせめぎ合いの展開で、繊細な乙女心を引き裂くように物語が進んでいく。細かいシーンにサラの恐怖や怒りがよく表現されていて、リアリティと緊迫感がある。

 環境はエゴイズムに満ちている。しかしサラはこれからも生きていかねばならない。そのためには勇気が必要だ。サラの考え方がリベラルになるのか、母親と同じパターナリズムに陥るのか、それはわからない。「残酷な天使」にとって、そんなことはどうでもいいことなのだろう。ただ、サラに勇気を与えるために来た。サラに対する男の態度などから鑑みて、そう考えるのが一番相応しい気がする。

 本作品は単なる酷い話ではない。様々なテーマをさり気なく追求している奥深さがある。主人公のことを突き放してしまう潔さもある。中心のテーマはもちろん人間の勇気である。自分を守るためだけではない。正しいことをするにも勇気は必要だ。勇気を出すことはエゴイズムから脱却することでもある。スペインの息苦しい状況を背景に、様々な苦労を振り切って海面に顔を出して、自由な空気を吸い込むような、そんな物語だ。面白かった。
耶馬英彦

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