耶馬英彦

骨を掘る男の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

骨を掘る男(2024年製作の映画)
4.0
「私は戦没者に対する最大の慰霊は、二度と戦争を起こさせないことだと思っています」

 本作品の内容は、具志堅隆松さんの言葉に集約される。戦争をしないでもなく、起こさないでもなく、起こさせないという言い方に、具志堅さんの並々ならぬ覚悟がうかがえる。

 具志堅さんは、壕(ごう)やガマを掘る。そこに戦没者の遺骨が埋まっているかもしれないからだ。
 土の中に埋まった戦没者の遺骨は、前腕部の橈骨や尺骨が折れていたり、大腿骨が砕けていたりする。中には前腕部はあるのに、手の骨が見当たらない場合もある。具志堅さんの推測は、手榴弾だ。両手で手榴弾を抱いて、胸に押し当てて自決するシーンは、沖縄戦を扱った映画で、何度か観た記憶がある。具志堅さんによれば、自決したのではない、追い込まれて自決させられたのだ。

 今年の正月2日に、沖縄戦で象徴的な2つのガマを見てきた。チビチリガマとシムクガマである。集団自決したガマと、全員が助かったガマだ。
 集団自決のチビチリガマの正面には、大きなガジュマルの木があって、周辺には祈っている小さな像がいくつも置かれていた。犠牲者の名前を彫った石版や、板に書かれた「チビチリガマの歌」という歌碑があった。ガマの入口には千羽鶴が吊るされ、立入禁止の看板がある。1月2日ということもあって、誰もいなかった。

 戦没者の名前を読み上げる活動があるのは、本作品で初めて知った。3年前からの取り組みだそうだ。人は人に名前をつける。名前は愛着を生み、触れ合うことで心が豊かになるが、失ったときの悲しみは大きくなる。人々は確かに生きていた。名前を読むことで、生きていたときの温かみが甦る気がする。
 読んだ中には、沖縄人だけでなく、本土の兵隊の名前、朝鮮半島の人々の名前もあった。アメリカ兵の名前の中には、フランス人やイタリア人の名前もある。それらの名前の人々の多くは、まだ骨が見つかっていない。

 遺骨が埋まっているかもしれない土を、辺野古の埋め立てに使ってほしくない。具志堅さんの主張はもっともだ。デニー知事は理解して、なんとか阻止しようとするが、土地の持ち主と国との取引は自由であり、県知事の権限が届かない。防衛省が国民から吸い上げた税金を使って地主と裏取引をしたであろうことは、想像に難くない。

 演説する具志堅さんの後ろを右翼の街宣車が通る。そして大音量で何かを怒鳴っている。もちろん具志堅さんは、愚かな右翼など相手にしないが、そういう連中が一定の支持を得ていたり、裏で政治家と結んでいたりすることが許せない。それは再び戦争を起こす勢力だからだ。
 EUでは極右政党が議席を伸ばしている。危機感を覚えたフランスのマクロン大統領は、下院を解散して総選挙に打って出た。場合によってはフランス国内の極右勢力が躍進するかもしれない。危険な賭けだが、国民の良心に賭けたといっていい。
 日本の右翼も、ヨーロッパの極右も、自分たちの税金が困っている人たちのために使われることが許せない。幼稚で不寛容な精神性である。それは戦争を起こす精神性でもある。具志堅さんの危機感が、押し寄せるように響いてきた。
耶馬英彦

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