午後

イル・ポスティーノの午後のネタバレレビュー・内容・結末

イル・ポスティーノ(1994年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

南イタリアの小島で定職もなくふらふらしていた男が、父親に責付かれて郵便配達夫となり、チリの亡命詩人に手紙を届ける日々が始まる。
相槌すらつっかえていた男が、詩人の手解きを受けながら、ベアトリーチェ(!)に恋をして、言葉と、世界と出会い直していく。見逃し続けていた波の表情や風の音、星空の声や生まれてくる命に気がつく。当たり前に転がっていた小さな島の、緑の美しさや、白い砂浜、柔らかい日差しの中で、呼吸の仕方を覚えていく。
利己的な島の政治家の口八丁になすすべもなく流されて、たぶらかされて失意のうちに頬杖をつくばかりだった男が、いきりたつ群衆の中で声をあげるようになる。
言葉のないボールゲームから始まって、思いを言葉にする方法を手探って、憧れ焦がれた詩があの娘の胸にしまわれる。詩を読み、また詩を書く営為によって、泡立つような波のまにまに、生まれ直したかのような清新な青い空、蝶のように広がる微笑みに、ひとりの人間として初めて出逢う。イエス・キリストに選ばれて、「人間を捕る漁師」となったペテロはこんな気持ちだったのだろうか。(マタイによる福音書4章18-19節)
イタリア映画は光が違う。降り注ぐ日差しの美しさ、五月のような緑の眩しさ、新鮮な野菜が湛える輝き。淀みなく唇から溢れる詩のリズムが、馥郁たる潮風のように、音楽的な響きを伴って、この世界の隠喩を仄めかす。詩はそれを必要とする人のためにある。素晴らしい映画だった。生きているうちに、いつか僕も美しい手紙を書きたい。
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