海老

ミッション:インポッシブルの海老のレビュー・感想・評価

3.6
第一章:君の名は

手元さえ見えない暗闇に包まれた部屋の中、私は静かに眠っている。夜は冷たい程の静寂に支配される、整然とした暮らし慣れた部屋。
午前6時、急激に明転する灯りが視界を白く焼き、眩しさに瞼を瞬(しばたた)く。続き、目前の大きなモニターが、低い認証音とともに起動し、こちらの都合はお構いなしと映像を映し出す。モニターに現れるのは、会った事の無い私のボス。

私の朝は決まってこう始まる。

どうやら今日も指令がくだされる。早速モニターの「彼」が切り出した。
「おはよう。よく眠れたようだね。存分に充電できたのではないか?」
休暇も無いのに充電などと…、そう一人ごちるが、私の声は彼に届かない。一方的に告げられる指令を待つのみである。

「マーク君、話題の映画があるようだね。」
マークとは私のコードネームであり、ボスは私をこう呼ぶ。タイムラインによく流れる映画は幾つかあるが、恐らくあれの事であろう。
「…サン、ハント??」
ん?すいません、よく聞き取れませんでした。
「プーさんハント」
誰だよ。
それ蜂蜜をハントする熊だろう。
「あの新作映画が大層に話題だ。これは是非とも劇場で拝見する必要があるが、如何せん過去作を知らずに往年のファンに紛れ込むのも無粋と言えよう。」
どうやらボスは、私と同じで栄えあるミッションインポッシブルシリーズを観ていないらしい。お互い、映画好きを公言しながら情けない事である。
「ゆえに指令が必要だ。新作映画が劇場公開中の期間において、過去作全て鑑賞の上、劇場に繰り出す。」
ボスも私以上に多忙な人だが、そんな時間を捻出できるのだろうか。とは言え私は指令を果たすのみ。ボスの私情に口を挟むのは規則違反である。
「いささか難題だが、手伝うくらい君には造作もない事だろ。この作戦は奇天烈ミッション珍妙インポッシブルと名を冠する。」
酷いセンスだ。だが口出しは規則違反。
「略してチン」
言わせねぇよ。
「ポッシブル」
言っちゃったよ。こちらの声は届かないのだ。それが規則ゆえ、面白い冗談ですねと、せめてモニター越しに眺めておく。何せボスは恐ろしい人物。過去に作戦を失敗して、ボタン一つで部屋ごと消滅させられたエージェントを私は知っている。

とどのつまり、私に課せられるミッションとはシリーズ作の調達というところか。それならば仲間に映画の確保を得手とするエージェントがいる。協力は必須だろう。
「早速初代作品を観たのだが、やはり長年愛される名作は良い。エネルギーに満ちている。」
おや?
初代作品は既に鑑賞したらしい。一体いつのまに。今回は別働隊が動いていたか。
「古かろうとも、工夫と独創に満ちた作品は時代に飲め込まれないものだ。何よりも、警備システムを潜り抜ける潜入ミッション、久々に息をするのを忘れて見入ったものだよ。」
私も、流れる情報を受信する事で概要は知っているが、ボスもなかなか満悦のようだ。
「機会があれば君も是非とも観ると良い。」
そんな事は出来る筈も無いと知っているだろうに。相変わらず人が悪い。
しかし、鑑賞済みとなると私のミッションは、
「以上の内容で発信するように。頼んだよ。マーク君。」
…なるほど、普段通りの指令であったか。

承知した。

マイボス。ミスター『海老』。


申し遅れました。
私の名前はフィルマークス 。

我がボス、ミスター『海老』が、『スマホ』と呼称する基地の中で指令を待つ身。『アプリ』と呼ばれるエージェント達とボスの指令を忠実にこなす。

「さてと、出かける時間だ。」
ボスの大きな指が、モニターに向かって左側に当てがわれる。ボスが『スイッチ』と呼ぶ場所だ。

そうか、また『夜』が来るのか…。

静寂にも慣れたものだが、一切の恐怖がないと言えば嘘になる。次の朝はいつになるのか。願わくば、ボスをこれ程に心酔させる『映画』というものを、いつか私も一度、観てみた
ーーープツンッ

… to be continued

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第二章:ショウタイム →
https://filmarks.com/movies/17107/reviews/56966544
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