マインド亀

クライムズ・オブ・ザ・フューチャーのマインド亀のレビュー・感想・評価

4.0
BLACKHOLEにてお便り採用されました!
https://www.youtube.com/live/CoSiZCWj-YI?t=1682

退廃した未来、希望のない進化

●私は、クローネンバーグ監督の作品は「スキャナーズ」「ヒストリー・オブ・バイオレンス」くらいしか観ていないクローネンバーグ弱者です。子供の頃にテレビで見た「ザ・フライ」のグチャドロ身体描写がトラウマになっており、正直あえて避けていたところはありますが、秘宝の読者としてその作風はわかった気になっておりました。
しかし最も純度の高いクローネンバーグ作品との呼び声の高い本作は、私が今まで観たどの映画にも全く似たようなものはなく、ジャンルすらわからない、最もどうかしてる作品だったので、数日間は頭の中が本作に毒されてしまいました。

●初っ端から子供の異常行動や、見るからに異様な形状のマシーンなどもヤバかったですが、とにかく登場人物の倫理観と美醜感覚とアートへの感性がバグりまくってて、一番ヤバいと思いました。
痛みと感染症の無い時代だからといって、あんなに脚の腱のところザクザク切ったりします?痛いとかの以前に歩けなくなりません?
綺麗な顔の友人が顔面彫刻アートになってるのを見て、それに感化されたレア・セドゥが額をぼっこぼこにやらかして帰ってきたシーンでは、イメチェンでショートカットにした妻に、似合ってないのに「キレイだよ」と言わざるを得ない場面を思い出して気まずい感情が込み上げてきました。まあ、ヴィゴ・モーテンセンもお腹にジップロックのジッパーみたいなのをつけて帰ってきて、レア・セドゥに喜ばれてるくらいなので、もうこの世界の人たちの感覚がぶっ飛び過ぎてて理解しようとするほうが無理なんでしょう。
でもクローネンバーグ監督は、今の我々からするとそういう異常な感覚について、否定も肯定もするわけでもなく、「そんな形で進化したら人間ってそうなるもんだよね」といった神の目線から本作を描いているように感じました。

●ちなみに好きなキャラクターは、ライフフォーム・ウェアのアフターケア担当の二人です。この狂った世界の中で唯一の陽キャの二人で、好きなマシンの前では楽しく素っ裸になれるところがチャーミングでした。またあれだけ凶悪な裏の任務を淡々とこなすところも、自分の職業に迷う人が多いこの世界で唯一職業を真っ当にこなしてるような感じがして好感が持てました。

●人間の精神は、肉体によって変容する。それを表現するために、「痛みがなくなった世界」「感染症がなくなった世界」を、初期設定にする。そんなことができるのはクローネンバーグだけですよね。そういうたった一つの変化が起こっただけで、人間がいかに変容し、世界が退廃するかを妙な説得力で描き切っているのです。そしてこんなに有機的でメカニカルで奇妙なガジェットを出してくるのもクローネンバーグしかいない。この唯一無二な世界観を観ることができるだけで幸せだと思います。ぜひ、観てほしい作品です。
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