インド北東部のモンゴロイド系の住民が多い地域で名前を変えて地元に溶け込んで治安維持活動を行なっている捜査員のアマン。当該地域はキリスト教徒が多い架空の場所で、現地の情報に詳しい人ならばどの州のどのあたりが舞台なのかピンとくるような話なのだろう。
この地域反政府ゲリラ活動が活発で、映画のネタにもすでに結構なっている。シャー・ルクのチャイヤ・チャイヤのダンスで有名な『ディル・セ』などもそう。ロマンスの比重が大きかった『ディル・セ』からは地域のことはふわっとしかわからなかったけれど、この映画はもっときっちり描かれている印象。
長年ゲリラ活動を続けていたタイガー・サンガとインド政府との和平協定を締結を前にアマンはジョンソンという別の活発なゲリラグループを調べている。ジョンソンはタイガー・サンガを交渉のテーブルにつけるために作った元々はインド政府の傀儡の組織だったが今は政府のコントロールが及ばない、というアメリカといくつかのテロ組織について言われてることみたいな話が出てきたりする。
その一方でその地域に住み、その容姿から中国人と悪口を言われながらもインド人としてボクシングの金メダルを目指す若い女性の話も綴られる。スポーツが辺境の民の地位向上と繋げられて描かれ説得力を持っていた映画はこれが初めて。
全体的に信じられないほどテンポがゆっくりで静かで語りの多い映画なのだけれど、縫い物をしながらながらて見ていたらテンポもちょうどよくかなりの量の未知のメッセージが伝わってきた。
監督はあの娯楽大作の『ラ・ワン』を撮っているけれどメッセージ的には似たものを感じるし、音楽の使い方は相変わらずかっこいい。アネーク(一つではない)とエーク(一つ)で韻をふみ民族文化は多様だがインドは一つと歌う最後のラップが歌詞も含めて良かった。
アネーク(一つにあらず)はこの映画のタイトルでもある。
ボクサー、アイドーを演じた女優さんがデビュー俳優賞を受賞しています。
ラストはヒンドゥーナショナリズムが幅を利かすこのご時世にも関わらず、この手の国境近くの州を舞台とした政治ネタの映画としては滅多にない後味の良さでとても良かったと思う。
付け加えると実在の女性ボクサーを描いた『メアリー・コム』のモデルのメアリー・コムもこの地域の出身で、映画でもゲリラが戦っている横を車で通るシーンがありました。メアリー・コムさんはリオのメダリストで、東京オリンピックでメダルは逃しましたが、敬意を持って敢闘を讃えられていました。独身女性だと同じような成績でもバッシングされがちなので、経歴と母親であることが大きかったのではないかと思います。
派手で楽しい映画ではないですが、アクション映画が苦手な人にも比較的見易い静かな映画ですし、メッセージ性も高いので、配信あるいは大学等の自主上映で日本語字幕がつくといいな、と思いました。
Netflixで英語字幕付きの配信を見ましたが、これで英語字幕は軽い作業しつつのながらなどでなければ注意がなかなか続かない。でも最後まで見る価値はありました。