さすらいの用心棒

レジェンド&バタフライのさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

レジェンド&バタフライ(2023年製作の映画)
3.6
政略結婚で結ばれた織田信長(木村拓哉)と濃姫(綾瀬はるか)が、やがて絆で結ばれて行く過程を新たな歴史解釈とともに描いたラブストーリー


東映創立70周年記念作として、東映の子会社の社長らまで製作陣に名を連ね、総額20億円を投じられた本作。
PRでは岐阜の「信長まつり」でキムタク信長のパレードを行い、発表会では社長の故・手塚治氏が「東映が本気でございます」とまで太鼓判を押すなど、製作陣の意地と本気度は鑑賞前からも伝わっていた。
時代劇のにわかファンとして、かつて「時代劇なら東映」といわれた同社が社名をかけて時代劇を撮ったことに、否が応でも期待に胸を膨らませ映画館に行ったけれど、上映後には、ああ、もうこれが限界なんですね、ということがわかってしまったのはショックだった。

国宝級の文化施設をロケ地に、京都太秦の”時代劇”の職人らの腕が光る舞台や、リアリティを醸し出すセットの汚れ具合、大柱の黒光り加減などは、さすが、と思わざるを得ないカットは多々あったが、基本的な画が役者頼りになってしまい、海外からCGスタッフを動員してまで作り上げた映像にも、これぞ、というようなショットは見受けられなかった。

また、”織田信長”というキャラを作り上げたのは妻の濃姫だった、という設定は単純に面白く、その設定を活かした活劇が続くと思いきや、そのパートは冒頭30分くらいで終わり、あとの二時間は特に真新しさもない夫婦間の問題を壮大なスケールで描いくという冗談のような展開だったので、呆気にとられた。
インタビュー等を見ると、元来の古沢良太の脚本では、政略結婚した名もなき武将のラブコメという規模の、山本周五郎のような映画を想定していたそうだが、そこに東映のキムタクで信長はどう?という企画が持ち上がってこのような形になってしまったらしい。元のプロットで作られた映画がどんなものになっていたのか、個人的には非常に見てみたかった。

『未来世紀ブラジル』と化した無情なラストは、突き放した冷たさを要するにもかかわらず、東映独特の”情動”をベースとした演出が邪魔して、妙に間の抜けたものになってしまっていたのが、非常に勿体ない。それこそ、東映の内田吐夢や、東宝の岡本喜八であればどう演出していたのか気になる。

全体として、信長と濃姫がこうだったら良いな、という妄想を形にした”二次創作としての同人誌”と考えると腹も立たないけれど、それにしてもほぼ3時間もかけて”令和の時代劇”を目指すのであれば、もうすこし新しいことにチャレンジしても良かったのではないか、という想いがどうしても強くなってしまう。

ここまで批判ばかりしてきたけれど、褒めるところがあるとすれば主演の木村拓哉の演技はとても良かった。
これまでキムタクの演技をあまり見たことがなかったこともあってか、本作における演技が非常に素晴らしかったことに驚いた。濃姫に離縁を決意させる場面での表情はとても印象に残っている。
ただ、リアル演技を貫こうとするキムタクと、周囲の戯画的な演技の温度差が大きすぎて、見ているこちらが冷めてしまう。これは演出の問題か。

綾瀬はるかについても、嫁いできた濃姫がお神酒をたしなむ時の儚さと神々しさは尋常ではなかったので、もしご覧になる方は注目していただきたい。

『柳生一族の陰謀』や『十三人の刺客』『妖刀物語 花の吉原百人斬り』など数多くの傑作時代劇を手掛けてきた東映だけに、自信作でこの出来だったということにすこし落胆してしまう。東映の記念作では他に60周年記念作として『北のカナリアたち』があるけれど、記念作に本気を持ってこれないのはお家芸なのか。

後日感想を書こうと思うけど、東映が仮面ライダー生誕50周年を記念して製作した『シン・仮面ライダー』も、すこし残念なところが目立ってしまっているので、会社の方針として今後は『ワンピース』や『スラムダンク』など100億以上の興行収入を打ち出しているアニメーション部門に注力したほうが儲かるのではないかと部外者ながら心配してしまう。