さすらいの用心棒

ナイル殺人事件のさすらいの用心棒のレビュー・感想・評価

ナイル殺人事件(2022年製作の映画)
3.5
ケネス・ブラナー監督・主演による名探偵ポワロシリーズ第二作


前作『オリエント急行殺人事件』の映画化を聞いたとき、なぜ今さら、と思った。
アガサ・クリスティの小説は映画であれ、テレビドラマであれ過去にとても高いクオリティで幾度も映像化されているうえ、パズルのごとく緻密に構成されたストーリーを変更できる余地があるとはあまり思えず、二番煎じができるばかりではないかと懸念した。

前作『オリエント急行殺人事件』で新たに現れた名探偵ポワロは、従来の飄々たる狂言回しからその役割を降ろされ、アクションシーンもこなし、苦悩し葛藤する”人間”としての側面が強調され、原作ファンからは一種のショックと新鮮さをもって迎えられたと思うが、僕にとってショックだったのは、原作をほぼ忠実に再現したデヴィッド・スーシェが同エピソード『オリエント急行殺人事件』でまったく同様の”葛藤するポワロ”をたった10年前に演んじており、やはり二番煎じになってしまっているという落胆だった。ああ、やっぱりこうなっちゃったかあ、と。

本作でも、ポワロの従軍時代の恋人とのエピソードや(原作にもない設定である)、ポアロの友人が恋の騒動に巻き込まれるエピソードを加わえるなど、『オリエント』以上にポワロの人間性を引き出す状況設定をつくりだしているが、今回はそれらを「愛」というテーマに収斂していく手法をとっており、それぞれが機能して物語が持つ悲劇性と哀愁が際立っているため、ストーリーテリングとしては前作以上のものを感じられた。なるほど、そういう手もあるのか、という解釈を見ることができて、すこし嬉しかった。

推理ものとしての丁寧さはピーター・ユスティノフが演じた映画『ナイル殺人事件(1978)』か、スーシェの『ナイルに死す』には遥かに及ばないとは思うけれど、これはこれでアリ、という新ポアロ像をようやく見ることができたと思う(惜しむらくは、ラストを見る限りでは製作者らが続編を作ろうと意識はあまりなさそうという点だが)。

原作の映像化という視点のみで感想を書いてしまったけれど、『ヘンリー五世』『ハムレット』などのシェイクスピアを映画化してきたケネス・ブラナーの「英国古典再解釈シリーズ」という視点で見ると、もっと良い評価ができるのかも知れない。