ClaudeFelix

ノット・オッケー!のClaudeFelixのレビュー・感想・評価

ノット・オッケー!(2022年製作の映画)
4.0
アメリカ版「渋谷直角の描くサブカル自己承認欲求因果巡りSNS編」。もしくは、アメリカ版「岡崎京子の描く自己顕示欲に侵された乙女あるある」と言った趣きのブラックコメディ…と揶揄すれば、日本人にもお馴染みのテーマと思える。

もっと簡単に言えば実写化した「しくじり先生」。凡人がSNSで失敗しない為の反面教師として良く咀嚼して観ると勉強になるかも?


(注:以下ネタバレあり)

主人公は、いっけん面倒な変わり者とも言えるが、そうでもなく、口に出さないだけで誰もが一度は妄想する戯言を吐いてるに過ぎない。普段は言葉にしてまで他人に伝えない類いの戯言。これを何から何まで口にしてしまうのが、この主人公ダニーなのだ。

まずは、冒頭の上司とのヒアリングが秀逸だ。世間知らずなキャラ付けが痛快に描かれている。何不自由なく凡庸に生きてきた自分に退屈し、注目に値するなら911ばりの陰惨なトラウマでさえ欲する即物感がなんともリアルなのだ。

そんな(ゾーイ・ドゥイッチ演じる)ライター志望のダニー・サンダースは、世間の若者同様に自己承認欲求の塊。ひょんな事からフォトマネージメントで培った写真合成のテクを駆使し、偽のパリ旅行記をSNS上に拡散させては大はしゃぎする。
ところが、本人不在のパリで爆破テロが起こった事で事態は急変。
言い分けを重ねた結果、なんとSNSはバズりまくり。憧れのインフルエンサーの仲間入りするわ、ライターに昇格するわの大出世。会社からデスクまで用意されレセプションパーティに呼ばれ有頂天で我が世の春を満喫するのである。この栄華がいつ終わるとも知らずに。

悪名は無名に勝るを地でいけば、まだ救いようもある(本当はない)んだが。このダニーは、紛うことなき(偽)善者として注目される事で雪だるま式に嘘を積み重ねていく。
一見なんの共感も得られなそうだが、意外や、ダニーの屈託の無さが徐々に愛らしく感じるから不思議だ。
ただし、逆にこれを価値評価に一喜一憂する「信用スコア」社会の「被害者(イイね!中毒)」とするなら、悲壮感が一層際立つとも言える。
夢や憧れや目的意識ばかりを人生に強いてきた、映画や小説や漫画やセレブ達が、加速度的に若者の自意識を肥大化させているのは事実であろう。リア充への憧れがまさにそれだ。
また、その自意識の肥大が数字に表れるSNSは、送り手と受け手、被害者と加害者の線引きを曖昧にする装置なのかも知れない。
リア充をこじらせ、トラウマ級の被害経験者に憧れたダニーは、意図せずして加害者へと転じていくのだから。

SNSでのリアリティを上げるため、テロの経験者が互いの経験を告白するカウンセリング集会に参加するダニー。偽サバイバーとして潜り込む(温度差はあるものの映画「ファイトクラブ」の冒頭シーンにも似た)この場面で未成年者のローワンと出会う。

どこまでも作り物なダニー。そんな彼女とは対照的に銃乱射事件のトラウマを抱える少女ローワン・オルドレン。この水と油の二人の友情が、少しずつ成熟していくところからこの映画の見どころとも言える。偽りとは言え、ローワンの傷ついた心に寄り添い同調していくダニー。その情感がなんとも切ない歪んだ友情物語へと映画はシフトしていく。
繰り返しになるが、ローワン・オルドレン役のミア・アイザックのリアルでヘビーなキャラと、能天気なゾーイ・ドゥイッチのフワフワっぷり。このハイコントラストなカップリングは、意外や他のドラマで観た記憶がなく新鮮に感じられる。
絵柄も等身も違う漫画キャラが同居するなんて現実社会では多々あるのにと。それほどに映画で観ると(良い意味で)違和感が凄まじい。

ミア・アイザックは、ラストでも見事なアジテーションを披露するのだが、たぶん、エマ・ゴンザレスがモデルになってる気がした。パーク・ランド高校銃乱射事件のサバイバーである彼女のスピーチの抑揚など参考にしたのだろうかと思えた。

さまざまな交流から、仲睦まじい姉妹のごとく慕うまでになったダニーとローワンの二人は、ある集会に共に登壇する事に。そして、その晴れ舞台での事件が二人を永遠に分つ事になる。
「(銃は)もう要らない」集会に登壇してスピーチがはじまると突然、銃声のような音が響き渡った。アンチに爆竹で襲撃されたのだ。過呼吸からか病院に搬送されるローワン。被害者同志を鼓舞するアジテーションが叶わなかった自分に憤り泣き叫ぶ。そんな彼女に寄り添い励ますダニーだが、ローワンから「トラウマがあるのに、どうしてそんなに強くいられるの?」と言われ困惑し部屋を飛び出してしまう。
ダニーは部屋で一人泣き崩れそのまま寝落ちすると、夢の中、(事件のあった)パリ凱旋門を歩くローワンを目にする。その後ろをフードを羽織ったテロリストと思しき背中が追う。犯行を止めようとするダニーだが、振り向いたテロリストの顔は、なんとダニー本人だったのだ。この夢の中、周囲から「お前のせいだ!」と何度も避難される。この言葉は、明らかに(テロリストだけでなく)ダニー本人に投げられた言葉であろう。銃乱射事件でトラウマを抱えたローワンに、セカンド・レイプならぬセカンド・テロをしてるのが、まさに、ダニーお前なんだと。

ここから同僚のレズビアンに恫喝されたり、暴露本ばりの告白をネットにアップして懺悔するも、逆にローワンの神経を逆撫でしたりと転落の一途を辿るダニー。

ダニーの告白はファンを失望させ、ネットは彼女への批判コメントと、いじられ動画で溢れ、ヒールとしてミームと化していく。
家族も友人も全てを裏切る事になった彼女は、ネット炎上被害者の会にすがり、集団セラピーを受ける事になる。彼女は、悪しき形とは言え、めでたく非凡になり有名になり、お望みのトラウマを持つ事になったのだ。
そこでダニーは、セラピー同席者からの非難を浴びせられるも、これを受け入れる事で、自らを立て直そうとしていく。こんなラストは緩いとも言えるが、辛辣な現実を受け入れた彼女に自分は拍手を送りたくなった。
謝罪の言葉を重ねるのではなく、償いを行動で示そうと。
例え、非難されても。

なんの希望もない終わり方だが、似た経験をした人々が、この世にはたくさんいるのだと気付かされた。
ふと隣り合わせになった見知らぬ誰かも、献身的に償っているのではないかと。今も。

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関係ないけど、ハムスターにギニー・ウィズリー、ギミーピッグと似た、つまりモルモット(実験台)を揶揄するような命名する辺り、皮肉を感じる。
もう一つ関係ない話、ダニー・サンダースって役名、アメリカ民主党左派のバニー・サンダースに似てるんだけど、なんか意識しての事かな?たぶん関係ないか。

以上。ノット・オーケー!
ClaudeFelix

ClaudeFelix