ClaudeFelix

蝿の王のClaudeFelixのレビュー・感想・評価

蝿の王(1990年製作の映画)
4.0
ゴールディング原作『蝿の王』の映画化作品です。

あの原作を実写化するだけでも賞賛に値するのですが、物足りなさを感じました。

これがもし、『フィッツカラルド」『アギーレ 神の怒り』のヴェルナー・ヘルツォークなんかが監督してたら面白かったろうなと。あの強引な手法を持ってすれば、映画自体のサバイバル感が増大する事間違いなしで、下手したら子役の一人や二人死ぬ勢いのドキュメンタリズムが火を噴く事間違いなし。実際に作ってたら大問題でしょうけどね。

『蝿の王』なる話、(松岡正剛の千夜千冊から引用すると)「第三次世界大戦がおこっているらしい状況のもと、少年たちを遠方に脱出させる旅客機が南太平洋の孤島に不時着する。そこは核戦争をよそに豊富な食料に恵まれた楽園で、大人たちがまったくいない世界を少年たちは満喫しはじめる。」
これだけ読むと平和ボケしそうですが、そこからドロドロと流れ出す展開は、ベタですが大人社会をハイブリッド化したが如く凄まじい体裁と相成ります。
どうあれ、かつてボーイスカウト(カブスカウト)に在籍してた自分としては、『蝿の王』と同じ状況になったらどうすべきか?と想像するだけで気が滅入り、臨場感が湧きました。

相当昔に読んだんで、大三次世界大戦?核戦争?と肝心の背景を失念してたんですが、読んだ当時も、少年のみで編成された部隊なる設定、さらに孤島での遭難というだけで、何やら艶かしく怪しさに惹かれた記憶があります。
元祖ショタコン(かつコスプレ)絵師「高畠華宵」が亡くなったのが1966年、『蝿の王』が1954年とは言え翻訳されたのが1978年だから、実現不可能なんですが、時代感を考慮すると日本版の挿絵は高畠華宵がベストだと思います。

原作の話に戻すと。
(今更読んでもあの感覚は戻らないのですが)孤島に漂流した少年達がジャングルに分け入り、巨大な岩肌を目にする描写は鳥肌もので。徐々にデッサンされたフォルムから、ディテールが露わになるジャングルの景色が視線の移動を伴い着色されていく感じがしました。小説というか文字を通して鮮明に映像を見れた、自分には初めての体験でした。
これは、アニメですべきだと(勝手に)切望してたんですが、実写版しかなく、そんのに期待もせずに今回観たわけです。

とは言え、良く出来てます。
燃えさかるジャングルの中で猛り狂う少年狩人達の絵は、下手なベトナム戦争映画よりくるものがあるし、主人公と敵対する年長者ジャックの狂いっぷりも秀逸で、デビットボーイを彷彿させる妖艶さも光ります。
大人びた子供のセリフが、突然子供染みた発言にすり替わったり、揚げ句には泣き出す始末。感情の動物(子供)が、大人ゴッコを繰り替えす中で、何ら大人と変わらない状況や問題を作り出すプロセスも原作と変わらず見事。豚狩りに熱中しトライバル化したジャック達が、互いを「ハンター」と呼び土人の如く驚喜する様もかなりヤバイ。腰巻き一つの子供達が隈取りをして暴れてますからね。
さばいた豚の首を「よびしろ」の如く棒に挿す描写も凄まじいんだけど、モノホンの豚の死体に刃物を突き刺す子供なんて、劇映画でそうそうお目にかかれませんよ。
仲間全てをジャックが仕切る部隊に取られた主人公と、(理性的過ぎてツマラナイ)眼鏡デブことピギー。眼鏡が盗まれ落胆したピギーが、「大人と同じ事を言ってるだけなのに、何で上手くいかないんだ」と泣く所など、皮肉ですが示唆に富んでるなと思いました。

それでも、何だか、気持ちの奥底に残らないんですよ。
時間的ボリュームが足りないせいもあるんだけど、どうしても感情に訴えてこないんです。
どんな状況においても「場を仕切る人間」てのは必要で、仕切る事から特権的意識が生まれ、集団を隷属化するのは良くある話で。原作の元々のソースは全部使い切ったようにも見えるんだけど、特に残念なのが、アニミズムというかなんというか「蝿の王」そのモノについて、あまり触れらてないって事なんですよ。
「蝿の王」なる存在が何だったのかを映画の中で描いてしまうと、核になる子供達の狂気が削がれ、スティーヴン・キングの描くホラー作品のようになってしまうのも良く分かるんですが。それでも、もう少し描けなかったものかと。せめて「地獄の黙示録」の真似事でもいいから、何か印象的な絵が欲しかったなぁと。
古典、名作と言われる作品の映画化で、よく陥りがちな「慎重過ぎる作り」なんだけど、もう一皮剥いて脱皮して欲しいかった気がします。

その他の不満と言えばサウンドトラックが、最悪でした。
何を流してイイんだか分からない感たっぷりで、結局、プリミティブな太鼓とかホーミーとか(分かるけど)そんな音付けるなら無い方が全然ましでしょ。
酷い所はもう分かってて、それ以外は、面白いはずなのに。 なんだかんだで、気持ちに響かず残りませんでした。

いい映画なのに、歴史に残らない理由がなんとなく分かる映画だと思います。
ClaudeFelix

ClaudeFelix