マインド亀

SHE SAID/シー・セッド その名を暴けのマインド亀のレビュー・感想・評価

5.0
ミソジニストの被害者沈黙システムを暴け!壊せ!二人の女性の世界を変えた孤軍奮闘の物語

●今年観たい観たいと思って見逃してしまった「シーセッド」、早くもアマプラで登場。早速観ました!
結論、めちゃくちゃ良かったです!!
全世界的な#MeToo運動の火種となったワインスタインのあり得ないミソジニーの悪業と、それを正当化・隠蔽するシステムを白日の下にさらし、社会の歪んだ構造と意識に変革を起こすために、二人の育児中の女性が奮闘する姿を描いた報道サスペンスです。
正直、この映画のような「電話で説得映画」って、絵面はめちゃくちゃ地味なんですが、すっごい面白くて好きなんですよね。最近では『Air/エア』とかがそうなんですが、やっぱり役者の演技力が要の映画ですので、実力派が揃うことが多くて見応えがあります。
報道サスペンスで言えば、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』とか、『スポットライト 世紀のスクープ』などの作品がめちゃくちゃ面白くて、両作品とも、証拠の積み重ねと当事者の裏取りを重ねて真実を突き止め、タイムリミットギリギリのところで輪転機を回す判断をするかどうかが最高潮のクライマックスでした。特に『スポットライト〜』は報道する内容が神父による性的虐待であり、本作ともとても近い内容だと思います。本作はさらに時代が進み、女性の奮闘による女性達のミソジニーからの開放を描いており、育児をしながら女性が女性被害者に直接話をして回るというだけで、数年前では考えられなかった仕事感なのかもしれません。なんせ、『スポットライト〜』の舞台は約20年前。その報道チームには女性は独身で、たった一人しかいなかったのですから。

●ここではあまりに有名な話なので省略しますが、ハーヴェイ・ワインスタインの悪業は身の毛のよだつ内容であり、それは直接的なイメージは描かれませんが、被害者女性へのインタビューや、録音テープの音声を聞くとその恐ろしさや気持ちの悪さが何万倍にも感じられます。
今作は、被害者女性に寄り添うように話を聞いていく女性が印象的ですが、声を封殺するシステムや、セカンドレイプの恐怖によって連帯を無理強いできないところが歯がゆいのです。それでも誠実に、熱意をもってゆっくりと通わせることで、少しずつ希望の光を大きくしていくところにこの映画の感動がありました。そして彼女たちが暴くのはそのハーヴェイの横暴をまかりとおるようにする醜悪なミソジニーシステムなのです。『スポットライト〜』でも「システムを狙え」と言われていたのと同じで、個人の糾弾だけでは歪んだ構造に気づくことが出来ないし、真実を見つけることこそが報道だという姿勢でもあり、やっぱりそこに健全な報道姿勢を見て取ることが出来ます。当然アメリカのメディア全てではないですが、ここに学ぶべきことは多いのではないでしょうか。
もちろんジャニー喜多川の鬼畜の所業についても、これで終わらせず、メディアが沈黙せざるを得なかったそのシステムを明らかにし、再発防止のシステムを構築しなくては意味がありません。

●本来なら女性の人権を守っていたはずなのに彼を弁護するリサ・ブルームと、ハーヴェイ・ワインスタインはこの映画にはちらりと映る程度。こんな奴らは映画に登場させてなるものか、という気概を感じました。
ニューヨーク・タイムズに直接乗り込んできて、「あの女達の目的は金だ!」などと客観性に基づかない反論をまくし立てるハーヴェイと弁護チームを、ただただ眺めるだけのキャリー・マリガン、良かったですねえ。彼女は『プロミシングヤングウーマン』では、これもミソジニー満開の男性に夜な夜な制裁を加える主人公でしたが、本作では、育児ノイローゼを抱えながら、女性に寄り添い、強固な報道姿勢をもつ実力派の記者。もう一人の主役、ゾーイ・カザンもそうなんですが、ふたりとも、ハリウッド女優感を消し去っていて、生活感のある感じを上手く醸し出してました。それでもふたりとも芯の強さがあり、母親、妻も兼任する大変さもありながら、男性から何かを聞き出す時には心を通わすしたたかさもありました。
そう言えば、二人の仕事を支えるそれぞれの夫は、自分たちの仕事もしながら文句も言わずに家のことをしているのが良かった…これは我々男性が見習わないといけないところです。普通の映画なら夫との軋轢なども描きそうですが今回はそういうノイズは無かった。実際にそうだったのか、あえて描かなかったのかはわかりませんが、そこにこの話の先進性を感じました。

●この映画に出てくる女性達の連帯というのは本当に難しいものです。それは悪意ある男性優遇の歪んだシステムにより連帯する道を断たれているからです。声を上げれば脅迫され、示談に持ち込まれ、セクハラを訴えるシステム自体が全く機能しておらず、永遠に同じような被害が起こり続ける。
ゾーイ・カザン演じるカンターが思わず「この部屋に一同に集めることができれば良いのに!」と叫びますが、観客も全く同じ気持ちを共有してしまうんですね。なんとも歯がゆく、そしてこのミソジニーによるシステムがどれだけ醜悪で小賢しいものなのかを歯をギリギリと食いしばりながら感じるわけです。
しかしながら最後に降り注ぐ一筋の小さな光。今世界に広がる#MeTooは、彼女たちの勇気によって起こされたものでした。それは文字通り命をかけたものでもあります。
まだまだ平等には程遠い世の中ですが、日本はもっと遅れている。特に『スポットライト〜』のレビューでも書きましたが、ジャニーズ事務所の問題もまだまだ海外報道機関の報道でしか火をつけられていないことに日本の報道の不健全さがありますよね。
この作品を観ることによって、報道の姿勢や、自分自身に宿っているミソジニーの部分を見つめ直すいい機会を得ることができたと感じております。
是非観てほしい一作です。

※星の付け方は、今作においては観た直後の率直な感想を、優先させました。
色々と調べていると、製作がブラット・ピットであることや、ホワイトフェミニズムとして受け取られかねない座組であるこも、ニューヨーク・タイムズのセクハラ問題、主人公の一人であるミーガンの半トランスジェンダー記事の件などモヤモヤするところは残ります。また、『スポットライト〜』とは違い、今までこの問題を黙殺してきたことに関する反省が描かれていないのも事実。当然そういったことを踏まえながら観てみるとモヤモヤしてしまうと思います。しかしながら映画の出来だけを観るととても考えさせられると同時に大きな感動を呼ぶ作品であり、その初期衝動を大事にして星をつけました。モヤモヤPOINTを考慮して星を低くしてしまうと、それだけで観ないと判断される方がいらっしゃるととてももったいないと思うので…
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