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地下室のヘンな穴のsomaddesignのレビュー・感想・評価

地下室のヘンな穴(2022年製作の映画)
3.5
新居購入のため緑豊かな郊外に建つ一軒家の内見に訪れた中年夫婦のアランとマリー。購入すべきか迷う夫婦に、不動産業者がとっておきのセールスポイントを伝える。地下室に空いた「穴」に入ると「12時間進んで、3日若返る」というのだ。夫婦は半信半疑でその新居に引っ越すが、やがてこの穴はふたりの生活を一変させていく……。

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ヘ、ヘンな映画ー。

カンタン・デュビュー監督作初体験。「フランスのスパイク・ジョーンズ」の宣伝文句の通り、どうにも掴みどころのない皮肉で寓話的な語り口。不思議で不条理な世界観のせいもあって、どことなく「マルコビッチの穴」を連想しながら見てた。

原題「Incroyable mais vrai(英Incredible but True)」…直訳するなら「信じられないけど真実」。穴で起きることだし、物語俯瞰すると、知らぬ間にとってしまった年齢のことのようにも思える。取り返しのつかない時間への恐怖や、失いがたい若き日への憧れ…これはフランス版の「OLD」でもあるような?
シャマランの「OLD」と違って、今作は中年夫婦のすれ違いを中心としたコメディ。不条理な出来事を前にした人々が右往左往する様を冷ややかに笑う。


会話シーンが特徴的で、なかなか本題に踏み込まないのが面白い。前振りと保険ばかり話してて、一向に本題が見えてこない構図が今作の縮図になってたり。同じ構造を何度も繰り返すテンドン構造も

BGMのクセつよ。特にバッハのカンタータ第140番「Wachet auf, ruft uns die Stimme(目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声)」BWV645のシンセバージョンが何度も印象的に使われる。物語を俯瞰すると新しい目覚めを暗示するような使われ方で、人間の苦悩に神が答える福音の訪れって構成もまた映画のこだまのよう。

劇中の日本描写が愉快。テクノロジーとアニメと変態の先進国ってイメージで描かれててジワる。アレはきっとBluetooth接続でオン/オフ以外にも機能がありそう。プロジェクターがわりに投影機能があるといいし、遭難した時とかに光って見つかりやすくなるかもしれない。

バカ社長ジェラールを演じたブノワ・マジメル。ミヒャエル・ハネケの「ピアニスト」で知られ、同作でカンヌ国際映画祭男優賞も受賞した国民的な名優。今作鑑賞直後に「愛する人に伝える言葉」が公開控えてて、予告編でカトリーヌ・ドヌーブとの共演が流れるたびに笑ってしまいそうになる。(「愛する人に〜」でセザール賞最優秀男優賞を受賞。名優になにやらせてんだ感)


徹頭徹尾ヘンな映画だけど、謎の中毒性ある。クサイのわかっててもつい嗅いじゃうニオイに似て「クサイ!もっかい!」とばかりに、何度も見返したくなる。
厭世的で人間の滑稽さをニヒリスティックに描く筆致はチャーリー・カウフマンを彷彿とさせる。万人に向けの映画じゃないけど、ハマる人も多そうで、ハマった人同士で飲みに行きたい。
ハリウッドレポーター誌の「独創的で生き生きとしてバカバカしい」って評がまさに言い得て妙。



余談)
最終盤にその後を端的にまとめたダイジェストシーンがあるけど、なんならアレが一番見やすくて面白かった。セリフとかいらない映画だったかもしれん。

監督の次回作『Smoking Causes Coughing』は、5人のヒーロー戦隊タバコ・フォースがタバコに含まれる有害物質を武器に今日も凶悪なカメ怪獣と戦う。チームの士気と結束を高めるため、一週間のバカンスをとる……というものらしい。設定からして同化してて期待高まる!日本でもぜひ劇場公開してほしい。



59本目
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