このレビューはネタバレを含みます
「神さまどうかお願い。私を世界一のスターにしてください」
抑圧された農場生活を送る少女が、いかにして最悪の殺人鬼になったか。『X/エックス』の前日譚。
◆
『X/エックス』のカラーリングも良かったが、本作は当時の映画風になっている。
少しガサついた映像に、彩度の高い赤が映える。パールが後半で着る、赤のドレスがとても目を引く。
フォントや劇伴も同じくレトロで好き!
特にダンスシーンなど、主人公主観の劇中劇風の映像も楽しかった。
気に食わないアヒルをワニに食べさせるという、パールのサイコパスな一面がちらついてから、『Pearl』のタイトルが出る演出も良い。物語の展開に不穏さしかない。
ミア・ゴスがパールにぴったり!
ピュアで可愛らしいが、しっかり目の奥が狂っている。役としての振り幅が大きいのに、繊細な演技で素晴らしかった。
特にミッツィへの長台詞のシーンはものすごかった。
ダンスなども、一人で踊っているときは自信満々でまるで映画の中のスターそのもの。オーディションのときはちょっとぎこちなく、しかし愛と情熱だけはものすごく感じられる有様など、細かな演じ分けが素晴らしかった。
エンディングでハワードを迎えた後の無理な笑顔が続く延々と続くシーンも大好き。めっちゃ怖いし、パールの内心を考えると辛い。
パールは生まれつきのサイコパスに違いないが、彼女が狂っていく過程が丁寧に、しっかり共感できるように描写されているのも良かった。
彼女は「持つ者」を羨み、抑圧された環境からなんとか抜け出そうともがいて失敗し、そして完全な殺人者になる。
母ルースのキャラクターやパールとの関係性もとても良い。ルースもおそらくかつてはパールのように夢を持ち、全てを諦めた過去を持っている。だからこそ娘に冷たくあたる。だが彼女はサイコパスではないので、諦念と憎しみを抱えながら日々を送っている。
パールは母と同じにはなりたくないと思い、しかし結局は同じ轍を踏むことになる。
これが『X/エックス』に繋がっていくと考えると、前作にもさらに深みが出る。
◇
「思い通りにならないのが人生。幸せになりたいならそれを覚えておくことね」
ーールース。
「(ダンスの試験に)不合格ならその気持ちを覚えておいて。それが私があなたに抱く気持ち。私は持っていたもの全てを奪われたのよ」
ーールース。後にパールが彼女のセリフをリフレインするのもいい。
「アメリカらしいブロンドの娘を探してる。未知の才能(Xファクター)を見つけたい」
ーー審査員。『X/エックス』のセリフのリフレインでもある。ダンスの才能じゃなくて、外見で判別する残酷さは見ていて辛かった。
「ママのような人生はいや。映画の中の美しい女の子みたいになりたい。できるだけ愛されてこれまでの苦しみを忘れたいのよ」
ーーパール。自分をハワードだと思って何でも言ってというミッツィーに対して。このクライマックスシーンがすごかった。
またこれらは後にハワードにも言ったであろう台詞だと思うとアツい。彼はパールを受け入れ、『X/エックス』でああなったのだから、ものすごい愛では。
「私もう欲しがるのはやめたの。持ってるものを大事にしないとね」
ーーパール。母のセリフのリフレインになっているのがいい。
<あらすじ>
1918年、テキサス州の田舎町。小さな農場の一人娘であるパールは、戦地に従軍した夫ハワードを待ちながら、父親の介護と農場の仕事に追われる日々を送っていた。厳格な母親ルースは威圧的な言動でパールを支配。街で疫病が流行っていることもあり、世間と隔絶されたパールは、ストレス発散のために農場の小動物を殺し、近くの沼にいるワニのセダに食わせては証拠を隠滅していた。
そんなパールの夢は、映画に登場する華やかなダンサーとして、スターになること。父親の薬を買いに行った街で一本だけ映画を楽しんだ彼女は、ボヘミアンの映写技師・ジョニーにナンパされる。彼にフィルムの切れ端をもらうも、トウモロコシ畑で紛失してしまい、たまたま見つけたカカシとダンスを踊り、セックスの真似事をして楽しむ。
帰りが遅かったことをルースに責められ、パールは反発。そんなとき、夫の妹ミッツィがオーディションの話を持って来る。クリスマスに全米を慰問するダンス・グループの選考会が町で開かれるので、親には秘密にして受けようというのだ。パールは合格を勝ち取って、ここから抜け出そうと決意する。
後日、パールは夜に抜け出してジョニーのところに向かう。ジョニーはポルノ映画を見せ、オーディションを受けてスターになるべきと言う。パールが帰宅すると、ルースは辛い境遇に絶望し、ひとり隠れて泣いていた。
パールは父をワニの池に連れていくが、ルースに見咎められる。ワニが卵を産んでいることに気づいて一つ持ち帰るが、急に気を変えて潰してしまった。
夕食時、ルースは翌日のオーディションのチラシを出してパールを糾弾する。どうせ合格するわけがないと言うルースとパールは取っ組み合いとなり、燭台の火が燃え移ったルースはひどい全身火傷を負う。パールはルースを地下室に放置し、ジョニーのもとに向かって関係を持った。
翌朝、ジョニーは車でパールを農場まで送る。パールはジョニーに父や農場を紹介して回るが、彼は不穏な様子に気づき、帰ろうとする。パールは激昂して彼をフォークで串刺しにし、瀕死の母親を殺害したうえで、動けない父親もシーツで窒息させる。
オーディションにてダンスを披露するパールだったが、「求めている外見じゃない」と言われ、不合格になる。パールの唯一の希望は破壊され、「私はスターなの!」と審査員たちに縋るも相手にしてもらえなかった。
ミッツィは悲嘆に暮れるパールを農場まで連れ帰る。ミッツィに促され、パールはハワードへの思いを語った。
ハワードと結婚することで農場を出られると思っていたパールだったが、ハワードは農場暮らしを望み、妊娠までさせられ(後に流産)、さらに彼は出征してしまった。
当てつけのように不倫してしまったことや、動物や両親を殺害したことを告白したうえで、農場を整えて夫を待つことが最善だと思い直す。ドン引きするミッツィがオーディション合格者だと察したパールは、ミッツィも斧で殺害し、死体はワニに食わせる。
やがてハワードが戦争から帰還する。彼が見たのは食卓を囲む義父母の死体と、笑顔で彼を出迎えるパールだった。