このレビューはネタバレを含みます
「俺たちに未来が? おしまいだ。ビリーはたった11歳の子どもなんだ。あいつの夢を叶えてやりたい」
バレエに夢中になり、ダンサーを目指す少年が、やがて家族の心を動かす。
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辛い境遇の子どもが才能を見出されて夢を追い、それが家族や身を置く環境まで変えるようになるというプロットは、『コーダ/愛の歌』などの後続作も想起させる。
本作では、母の死や炭鉱不況のストライキで荒れた生活を送る父兄とのディスコミュニケーションに加え、認知症の祖母の世話のストレス、そして「男がバレエなんて」という時代的な偏見が、主人公を苦しめる。
成功の過程は一筋縄ではいかず、なかなか家族の理解を得られないだけでなく、一度はオーディションを辞退することになったり、クライマックスとなるバレエ学校の試験でもハラハラさせられる演出が続く。そのうえで勝ち取る結末は気持ちが良い。
後半の家族愛の描写には心温まったが、私は正直若干乗りきれない部分もあった。
しんどい家庭描写がリアルなだけに、終盤でいきなり改心する父と兄には物語的な都合の良さを感じてしまう。息子のためにプライドを捨ててまでスト破りをしたり、弟の夢を素直に応援できる人物だったなら、中盤までの頑なな態度はなんだったのか。ビリーのダンスが起こした奇跡としてまとめるには、少しリアリティが足りないように思った。
また、11歳のビリーには仕方ないことなのかもしれないが、親身になって道を切り拓いてくれたサンドラに当たったり、父や街の人々が苦心して金を捻出してくれたオーディションにて半ばやけのような態度を取ったりする。かと思えば、親友マイケルのカミングアウトに対する応対やデビーとのくだりは大人びている。この不安定さこそがキャラクターの魅力なのかもしれないが、幼稚な言動には少しモヤっとさせられた。
ビリーが感情を表出させるダンスシーンはエネルギーを感じて好きだった。
だが、「一目でわかるほどの突出した才能」かといわれると個人的にはピンとこず……。体型とか身体の使い方に素質を感じるというのはわかる。
あとこれバレエなのかな?とは思った。タップとか他ジャンルのダンスではなく?
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「俺たちに未来が? おしまいだ。ビリーはたった11歳の子どもなんだ。あいつの夢を叶えてやりたい」
ーージャッキー。息子の夢のためにスト破りに参加して。
泣かせるセリフだが、散々ストに注力してきたうえでこう言われた兄トニーの気持ちを慮るとちょっとしんどい。それでも弟を応援する方向になったの優しすぎる。
「私のこと好き?」「わからない」「私のあそこ見たい?」「見せてくれなくても好きだよ」
ーーデビーとビリー。淡い恋を感じさせる言動が可愛かった。デビーはおしゃまな感じで、ビリーのほうが少し大人びている。枕ではたきあって羽だらけになった後、うっかりキスしそうになるシーンも好き。
デビーへの想いをさらりと描くことでビリーのセクシャリティも端的に表現されてて良かった。
「踊ってるときどんな風に感じる?」
「良い気分になって、何もかもが消えます。空を飛んでるような気持ちになって……まるで鳥のように。そう電気のように」
ーービリー。バレエ学校のオーディションにて、最後に一つだけ質問があると問われて。
<その他>
・若干つなぎ方の意図がよくわからないところもあった(帰宅して祖母に茶を勧めるが祖母がいない……というシーンから、何事もなく夜になっていたりなど)。
・ビリーとデビーの下校シーンでデビーの前をスト破りのバスが通りがかったらデビーがいつのまにか消えてるシーンはなんだったんだ? 撮影ミス?
・オーディション合格後にサンドラにお礼を言いにいくシーンで、なんてあんなに距離を感じる演出にしたんだろう? 理不尽にビリーに当たられても寛容だったサンドラが最後は結構ドライな対応だったのはよくわからなかった。
・親友マイケルとの関係は優しくて好きだった。おそらくトランスジェンダーであろうマイケルのカミングアウトへの受け入れかたがかなり自然で良かった。2000年時点での描き方としても割と先進的なのでは。
<あらすじ>
1984年。イングランド北部、ダラムの炭鉱町・エヴァリントン。
ビリー・エリオットは、ロック音楽と踊りの好きな少年だ。母を亡くし、炭鉱夫の父ジャッキーと兄のトニー、軽度の認知症を患う祖母と暮らしている。炭鉱不況から、父と兄はストライキに参加し、荒んだ生活を送っていた。
ビリーは父の勧めでボクシングジムに通うが、馴染めない。ある日、同じ体育館でバレエのレッスンが行われ、友人デビーがいることもあり、ビリーは興味を持つ。デビーの母であり講師のサンドラ・ウィルキンソンはビリーにバレエの才能を見い出し、彼をレッスンに誘う。レッスンに参加するうち、ビリーはバレエに夢中になる。
だがそれを知った父は「男がバレエなんか」と激怒。レッスンに行けなくなったと告げるビリーに対し、サンドラはバレエ学校の試験を受けてみるように言い、無料で個人レッスンをしてくれることになった。
ビリーはレッスンに励むも、上手く踊れないことや、母の不在、父や兄のキツい応対、祖母の面倒を見なければならないことなどが重なって、サンドラに当たってしまう。彼女はそんなビリーを理解し、寄り添ってくれた。
ストライキのリーダー格である兄が逮捕されたため、ビリーはオーディションに行けなくなる。サンドラはビリーの家に行き、彼の才能を訴えるも、父と兄には届かない。
クリスマス。母ジェニーの形見のピアノを壊し、父は暖炉の燃料にする。ビリーは親友マイケルの性的嗜好についてのカミングアウトを聞くも内緒にすると約束し、体育館に忍び込んでバレエを披露する。
その姿を父に見られるが、ビリーは開き直ってやり場のない苛立ちを吐き出すかのように、渾身のダンスをしてみせる。
父はビリーの才能を目の当たりにし、サンドラのもとに行き、バレエ学校の費用について尋ねる。サンドラは試験費用を援助することを申し出るが、父は断り、翌日からスト破りの列に加わる。兄は父をスト破りのバスの中で見つけて驚いて詰め寄るが、父はビリーの夢を叶えてやりたいと吐露する。
事情を知った炭鉱仲間がカンパをしてくれ、亡き妻の形見を質屋に売ることで父は試験のための旅費を捻出する。
ビリーは、ロンドンのロイヤルバレエ学校の試験に挑むも、場に飲まれてしまう。実力を発揮できなかったのではと落ち込み、慰めてくれた他の受験者を殴って問題になる。父と一緒に受けた面接試験でも上手な回答ができないが、最後に尋ねられた「踊っているときどんな気持ちになる?」という質問に対しては、素直に胸のうちを話すことができた。
数週間後、郵便を待つ家族たち。街や家族の期待を一身に受けてセンシティブになっているビリーのもとに通知が届く。果たして、結果は合格だった。
父は喜び、結果を炭鉱仲間たちにも知らせるが、彼らは組合の敗訴によるスト明けに沈んでいた。ビリーはサンドラに感謝を伝えるが、思いのほかあっさりとした対応を受ける。
ビリーはマイケルと最後の挨拶を交わした。祖母や父、兄とも別れを惜しみ、そしてロンドンに出発する。
14年後、父と兄、そしてマイケルは大劇場に駆けつける。そこでは立派なダンサーになったビリーがマシュー・ボーンの「白鳥の湖」を踊っていた。