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ホワイト・ノイズのRenのレビュー・感想・評価

ホワイト・ノイズ(2022年製作の映画)
2.5
2022年レビュー納め。
昔の翻訳小説とか三島由紀夫作品を読んだときのような、文字が滑ってなかなか入ってこないけどなんとか最後まで辿り着いたときの読後感に似ている。プレゼンしづらいタイプのヘンな映画なので自分からおすすめはできない。

毒ガス映画かと思いきやお薬映画。

「化学物質の流出事故に見舞われた人間を描くトラジコメディ」という触れ込みだけでは今作の10%も説明できていない。パンデミック中に逃げ惑い奔走する様を描いた第2幕を、死について考える日常パートの第1幕と第3幕で挟んだ歪すぎる構成。散漫で難解な風もあるけど、全体を死というモチーフで串刺しているので一貫性はある。

明日生きられるか分からない、人生は死と隣り合わせ、とか言う当然だけど漠然とした死生観を138分で追えるという意味で面白かった。『ドント・ルック・アップ』が社会や世界に目を向けた悲喜劇ならば、今作はもっとミクロな人間の思想にフォーカスした不条理劇となっている。

自分が本当に死ぬなど露ほども思っていない人間たちが辞書や資料の言葉として死を語らう日常が、死ぬかもしれない災害を経験して、真に死を背負った人間たちが本当の意味で死を語らう日常に変貌していく。
震災やコロナ禍を実感として得て生きる時代に作られるべくして作られた映画だ。死ぬかもしれない状況に我が身が置かれたとき、はてどう生きたもんかと模索する超根源的な思考実験を形にしたフィクション。
結論は、どうにもできない。結局パンデミックがあろうがなかろうがいつかは死ぬので、人間は今日も昨日と同じようにスーパーへ出向いて買い物するしかない。

ただ、それらについて考えるうえで今作はどうしても台詞に拠る部分が大きくなってしまっており、第2幕のような映像のダイナミズムをもっと欲してしまった。急にバカっぽいカーアクションなど最高。オープニングで匂わせた「死や破滅や終わりこそエンタメにするのが映画だ」が表れている。同様にエンドクレジットもとても良かった。死を背負っても人は踊る。

アダム・ドライバーはどんどんヘンな俳優になっていく(褒めてる)。とても好きなハリウッド俳優の一人。遠くから見てもアダム・ドライバーと分かる個性派でありながら、二枚目役も好感度爆下がりクズも演じられる。もう既に近年のディカプリオみたいな貫禄を出せるのが面白い。

ノア・バームバック作品は『フランシス・ハ』『マリッジ・ストーリー』しか観ていないのだけど、身近な人も家族も所詮は他人だというどこかドライな目線がブレなくて信頼できる。今作も夫婦のお互いの理解の限界が描かれる場面が最もイヤで良い。個人的には『マリッジ・ストーリー』が大好きなので、あの作品の夫婦の怒鳴り合いシーンのような筋肉がグッと強張り背筋がゾクっと震えるシーンの詰まった映画が観てみたい。

その他、
○ 第1幕の序盤のホームコメディ場面はどこかシットコムのようで、80年代の雰囲気がそこから感じられた。第1幕の終盤は完全にスピルバーグの『激突!』、第3幕の某シークエンスはダリオ・アルジェントっぽい。
○『ドント・ルック・アップ』や『NOPE/ノープ』に代表される「見上げるか見上げないか映画」に入れていい。ガソリンスタンドのシーンが『NOPE ~』みたいだった。
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