都部

ホワイト・ノイズの都部のレビュー・感想・評価

ホワイト・ノイズ(2022年製作の映画)
3.7
前評判ほど難解な印象は覚えず、むしろ至極単純で普遍的な命題をユニークで彩っている作品であるように感じる。現代にも通ずる陰謀論/薬物依存/環境破壊/家庭内不和などの要素を贅沢に扱いながらも、しかしながらそれは物語の本質である人間の生死と密接に関わる『信仰』を多層的に語る為の枝葉でしかなく、このテーマ当てとも言うべき計画された迷走を噛み締める独特な味わいはかなり好みだ。

物語前半のパンデミックを思わせる有毒ガスからの避難劇はパニックムービー然としているが、ここで重要なのは口々に交わされる又聞きの陰謀論を彼等は信じることで怒り、狂い、恐怖するということだ。

人間が生きていく上でその指向性とは無関係に、対象に対する信仰が仲介として存在していることは事実だと明示される。こうした物語の方向性が朧気に浮かび上がってプロットの道中であることを意識させる瞬間が本作には度々あり、この不透明さを文学的な台詞の数々で上書きするミステリアスな雰囲気は実に楽しい。

『これどういう話?』という思わず先を見通したくなる好奇心の擽り方が有効に働くのは、表面上は本作のメインが前述の避難劇にあると思わせる作りであるからで、だから思った話と違ったという意見は当然計算の内であるように思う。この掌の上で踊らされる感覚が良いね。

とにかく、漫然とした死生観の下に生きていたジャックにこの経験は日常と隣り合わせに存在する生と死を克明に意識させ、同様に彼の妻はその考えに彼以上に取り憑かれていく。
愛の所在は?いつか終わる生は無駄なのか?なら死を受け入れるには?

それが訥々と作中人物の葛藤と共に語られる様相は地味ではあるのだが何処か抜けた家族と周囲の言動がそのシリアスさを茶化すように配置され、荒唐無稽な陰謀論は現実的な規模の諍いとして顛末を迎える──そんなもんだ、と言い聞かせるような呆気ない終幕を前にした夫妻に今回の命題の答えを授ける場所と人選にはシニカルな笑いがあり、なるほどたしかにコメディ映画だと本作の全てを理解させる作りはいやに丁寧で笑ってしまう。

生、つまり日々を生きる日常の象徴として存在するスーパーマーケットから始まり終わる物語だが、生と死に対する信仰の在処を獲得した主人公の心持ちは明るく、故にあの愉快なエンディングに繋がるのだと思うと後味は極めて爽やかだ。
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