これは夏目漱石の『虞美人草』じゃないか！
物語が換骨奪胎され現代風になってはいるが、脚本家たちは『虞美人草』を元にしたに違いない。

小夜子が東京で弾くお琴。カメラはお琴の音色をバックに遠くに教会を映している。小夜子は京都の女性だ。東京には合わないのだ。

バスガイドが語る夜の東京観光。
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東京、それは空中にのび、地下に広がって時事刻々と変わっていく大都会でございます。差し詰め東京は空中に楼閣を築き、地の底にショッピングセンターをつくる生きている絢爛たる立体藝術品と言えましょう。
皆様、華やかに美しいこのネオンの波をご覧くださいませ。赤、青、七色に咲くネオンの華に今宵も人々が愛と憩いとを求めて集まってくるのでございます。
そして860万の登場人物が巨大なコンクリートのこの東京の舞台の上で逞ましいあるいは哀しい人間劇を幕間なしに演じているのでございます。
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誰も死ななくて良かった！
でも、それだと“時計“の意味がなくなるんだよなぁ。

読ませない気概を感じる洒落た黒文字オン桜、860万都民の物語をネオンが盛り上げる。小屋で待つ偽手紙で堕ちてくひづるさん、ブルジョワお嬢さんの気まぐれラブ茉莉子、京に父に琴にがんじがらめの小山明子。囚われの女たちにハッキリしない松竹男が無駄に悩んだり浸ったりでイラつかせて楽しすぎ。イギリス土産のブランコ時計は茉莉子のように忙しなく、京女ってだけでピリッとスイッチ入って赤いお召し物で研究室参上。建築事務所の文字もスクッと槇だけが気持ち良いほど鈍感野郎。チェックのティーカップかわゆい。テレビ塔で「こわいくらい」とか言ってる小山明子を突き落とすイメージに囚われる大木実、忙しそうに顕微鏡見たりも良い。チェックのシャツ似合うバーテン大泉とセキチエむつ子の三人が2階でガチャガチャしてるとこ混ざりたい。アンタはシンデレラだよってひづるの嫁入りで髪整えてやる桜むつ子…最高。涙。しかし青山宏さんってば宮城千賀子とも…ですかそーですかってあのシーンも好きすぎる。ひづるさん高廣さん益子でお幸せに。

メロドラマを予感させる満開の桜をバックに黒のクレジットがやたらと見づらい。ここからジラしがはじまってるのか大庭流メロドラマ。陶芸の旅行きすぎの奥手のボンボン高廣、都合悪いときは顕微鏡覗いてるアンニュイ大木実、悩みなさそーで羨ましいとか言われちゃってる明るいだけの佐田啓二（槙なんとか建築事務所の角張りすぎのロゴ最高）どれを選んでもハズレのような見事に揃った松竹男子たち。恋敵が京女と知ってピリッとアグレッシブにどこでも出張っていく岡田。岡田茉莉子が頭の上に派手なお花のベッドギアつけていたらそれは傑作のしるし。小山明子の慎ましさに差をつけるような原色の着物とギラギラ帯で戦闘モードの岡田茉莉子最高。ひづるの勤めるぼったくりバーにはむつ子さんにセキチエ、店の2階でひづるの門出をうる覚えの知識で励ますシーン泣ける。どこまで強請ってくるかドギマギさせそうだったけどあっさり身を引く（30万円でだけど）ヒモの高野真二さんこんな役珍しい。陸橋のあたりで待ってる高廣に行くの行かないのどっちなの、ひづるの悩むシーンの長さ…大庭センセー天才か。律儀にはとバスツアーで接待したものの、小山明子いなくなって欲しすぎてタワーから突き落としてしまう大木実の小者感溢れる妄想シーンも最高だし、ゲスい元番頭の男の裏からの引っ掻きまわしっぷりも手練れの技。誰も上手くいかないだろうと思わせるこのメロドラマをものの数分で収めにかかる、余韻だけ残してサッと終わらす華麗な捌きっぷり。馬場当の脚本も冴えている。岡田の父がロンドンで買ってきたあの人形のせわしない時計、いるのか佐田啓二。ふたりの新居でふたたびうるさく輝いてほしい。