YAJ

パリタクシーのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

パリタクシー(2022年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

【ほんのささやかな真実】

 美しいパリの街並みを背景に、終活へ向かう老女とタクシー運転手の半日を描いた91分の小作品。いわゆるロードムービーの王道ストーリー展開で、安心して見ていられる久しぶりに及第点なお話。

 主演はどちらもベテラン同士。92歳のマドレーヌを演じたのは実年齢も同じくらいのシャンソン歌手リーヌ・ルノー。ドライバーのシャルルは人気コメディアンのダニー・ブーン。実生活でも互いに旧知の仲良しだとかで、息のあった掛け合いを披露してくれる。

 お話としては、マドレーヌが自宅を出て老人ホームに入るのを送っていく道中、パリ市内の想い出の場所を訪ねながら、自身の半生をシャルルに語ってきかせるという内容。その半生が波乱万丈で、戦後フランスの女性の立場を巡るお話になっていて興味深い。
 さらには、運転手シャルルと意外な共通点もあり・・・。

 このテンプレートは、各国の老齢ベテラン俳優とコメディアンのドライバー役というタッグで、「NYタクシー」「モスクワタクシー」「東京タクシー」と、いろんな国でリメイクが出来そう。

 あと30分尺を伸ばして描き込んで欲しかった気もするが(さらに奥行きある作品になったかと)、有名どころをつまみ喰いのパリ観光の道中は、それだけで眼福。

 パリマラソンで走った市内の様子を懐かしく拝見した(マラソン当日は川沿いの車道も走れたので、シャルルのタクシーの車窓の風景も、どことなく見覚えあり)。



(ネタバレ ー と、勝手な妄想 ー 含む)



 文句は早めに言っておこう(笑)
 半日の旅を終えてマドレーヌを老人施設に送り届け、「あら、まだ代金を・・・」となるが、シャルルは「また会いに来るから!」とその夜は別れる。で、回収に行ったのが、1週間くらい後なのか、少なくとも翌日ではなかった。あり得ないだろ!いくら意気投合して、相手を信頼してたとしてもだ。むしろそこは、精算は普通に済ませた上で、「また会いに来るから!」で良かったのでは?

 さだまさしの作品で入院中世話になった同室の老女を自身の退院後に見舞う「療養所(サナトリウム)」という曲がある。♪わずかひとりだが、彼女への見舞客に、来週からなれること♪ と歌う。シャルルも代金回収の必要がなくとも会いに行く、そんな筋書きのほうが美しくないだろうか?それが♪ほんのささやかな真実♪ではなかろうか。
 あげく何に時間がかかったのか、シャルルが面会に行った時には・・・。
 この数日の経過は、まるで、マドレーヌが遺産を整理して、公証人を立てて、死後それがシャルルに渡るように手配する事務手続きの時間稼ぎのようではないか。代金はいただいた、それでもシャルルはマドレーヌに会いに行ってこそ、彼らの濃厚な半日の旅路に意味があるというもの。

 マドレーヌにとってシャルルとの「美しい旅路(原題Une belle course, 仏語のcourseに競走、レース等の意味の他、タクシーの1メータ分の距離、料金って意味がある)」が、シャバでの最後の想い出深い一日となったのは分かる。が、その御礼、友への感謝の気持ちとして公証人の手から渡された遺産の額が尋常じゃない。お涙頂戴の感動の興を削ぐ101万€という大金!? 昨今の円安の為替レートだと、1.5億円近い額だ(公証人の現れるタイミングも、あまりにも偶然すぎて嘘っぽいが、そこは目を瞑ろう)。
 女性の地位向上に立ち向かったアイコン的存在だったマドレーヌ。その活動団体への寄付なら分かるけど、半日だけのお付き合いのタクシー運転手に渡すかね?!(遺産が莫大にあって、活動団体にも十分渡した上のほんの余りだった、という解釈もできるかもしれないけど)。

 この金額に納得感を持たせるため、大金に見合う理由付け、原題「Une belle course」= 1メーター分の料金に意味を持たせる工夫が必須だったと思う。「ほんのささやかな真実」、それを描いているかいないかで、作品の出来栄えが大きく変わる。

 ということで、91分の尺を、もう少し伸ばして描き込んで欲しかったのがシャルルとの共通点、「写真」だ。俄然、興味が湧くネタだ(個人的にも)。
 ふたりの会話で、まず写真のことを口にするのはシャルルだ。今の奥さんを学生時代に口説き落とすのに、他のライバルがバイクでデートに誘うのに対し、彼は彼女のポートレートを撮影し、その出来で勝負したという。他の奴らが、HondaやPeugeotで口説こうとするが、「俺にはAGFA2000があった」というセリフはオシャレでカッコよかったなあ。AGFA、要はカメラだ。
 その時、マドレーヌは「あら、これも運命ね・・・」と話すだけで、その場は流すが、終盤、実は彼女が今、天涯孤独である理由として明かされるのが、私生児だった一人息子が、戦場カメラマンとしてベトナムで命を落としたという事実。共通点どころか、写真好きのタクシー運転手と息子を思わず重ねて見てしまうようなエピソードだ。
 最後の夜、彼女は、人生の想い出の写真(一人息子の遺作とも言える写真もあったろう)の数々を眺めて過ごしたということも語られる。

 さて、ここからは、勝手な妄想です。
 シャルルも、未だに写真が趣味。でも、仕事が忙しく、真剣に写真に向きあう時間も気持ちの余裕もない。でも、スマホにある娘の写真などが、どう見ても玄人はだしの出来栄えで、何とも言えない絶妙のポートレートなのだ。「俺も、昔はカメラマンになりたかった」的な話をポツリポツリ、マドレーヌに話す。スマホの画像、なんなら昔、フィルムで撮ってた娘の写真や、パリの風景のプリントを見せる(車内に積んである)。 マドレーヌも、思わぬシャルルの才能に驚くのだった。
 その後、シャルルが、ロバート・ベルノーや、ブレッソンが名作を生んだ場所 ― 例えば、パリ市庁舎前 ― をさりげなく通過して、写真に関する蘊蓄や、彼なりの写真に対する熱い思いを語ってもよかった。なんせ、舞台はパリなのだから!

 そして、マドレーヌの死後、現れるのが小切手を持った公証人ではなく、彼女の良く知るギャラリーのオーナーとか、息子の同僚カメラマンとか。そして、小切手を渡すにしても、ささやかながら個展開催かフォトアルバム出版の資金か、あるいは現物で、Leicaのカメラを1台(これなら100万円前後だ。いや、息子の遺品としてのそれでもいい)を気持ちとして受け取って欲しいと手紙を添えて・・・。101万€には遠く及ばないが、Une belle course(1メーターの料金)として、なにより価値ある贈り物ではなかろうか?

 それでこそ、彼女が「あなたはいつか旅立つのよ」と言った言葉に意味が出てくる。国外に出たことがほとんどないというシャルルに、家族を連れて旅行をして、思い出の記念写真をたくさん撮って来いってだけじゃぁ、あまりにも陳腐だし法外な贈り物だ。

 いや、それどころか、そんな大金もらったらシャルルは仕事辞めて、単なるダメ男になっちゃうよ!笑

 ということで、各国でリメイクする際は、そんなアレンジを是非!
YAJ

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