浦切三語

正欲の浦切三語のレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
3.5
去年、デリヘル嬢からこんな話を聞いた。

ある日の蒸し暑い夏の夜、そのデリヘル嬢がホテルの部屋に入ると、そこで客として待っていたのは二十代前半ぐらいの男性だった。見た目はごくごく普通の好青年だったらしい。

デリヘル嬢がいざプレイに入ろうとした矢先に、男はおもむろにベッドの脇に置いていた「食パンの入った袋」と「履き古したスニーカー」を手に、こう口にした。

「いまからこの食パンをちぎってスニーカーに詰めていくので、ぼくが詰め終わったら、そのスニーカーを素足で履いてその場で足踏みしてくれませんか?」

デリヘル嬢は言われた通りストッキングを脱ぐと、その「食パン敷き詰めスニーカー」に蒸れた生足を通し、何度もその場で足踏みをした。

嬢の足裏から漂う酸っぱい汗の匂いと、手入れされてないスニーカーが放つ埃っぽい匂いが混じり合った食パン。全裸になった男性は、それを迷うことなく口に含み、嚥下した瞬間に一発で絶頂したという。

それからプレイ中、男はずーっと同じ要求をデリヘル嬢に突きつけ、大量の「嬢の足裏から漂う汗の匂いと、スニーカーが放つ埃っぽい匂いが混じり合った食パン」を無我夢中で食べ続け、合計で4回絶頂したという。

この映画を観た後、そんな話があったのを思い出しました。

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人間は根本的に文化や価値観の異なる相手を理解することはできません。それは国や民族のレベルの話ではなく、もっと小さなコミュニティレベルの話です。なぜ浮気をする男女がいなくならないのか。なぜ離婚に至る家庭がなくならないのか。それは、たとえ永遠の幸せを誓った夫婦であっても「お互いの価値観を尊重するのが、それだけ難しいから」なのです。だからこそ「自分の置かれた立場や考えを、最後まで完璧に理解して欲しい」と、図々しくも口にするのはお門違いです。人間を高く見積もり過ぎです。

しかし、立場や環境の異なる者が相手でも、境遇を理解しようと「努力すること」はできます。その努力を放棄し、まともな議論もせずに「多様性」という言葉ひとつで世の中を括ってしまえ、という雑で巨大な世の中の動きには、まるで真綿で首を絞められるのに近い感覚を私なんかは抱くんですわ。

そうした世の中に対するカウンターとして、この映画『正欲』は十分に機能しているんじゃないかと思います。「テーマが高尚だから」というのではありません。私は映画の良し悪しを決めるうえで、作品の根底に配置されたテーマが高尚だったら良い映画、テーマが低俗なら悪い映画、といった条件項目は設けていません。カメラワークの良さ、演出のタイミング、ライティングの上手さ。そしてなんと言っても、ゴジラマイナスワンとは正反対の、感情剥き出しの説明台詞に頼らない役者の目や表情を使った壮絶な演技。それらの複合的な要素によって映像として雄弁に語られる映画『正欲』を、私は「面白い映画」というよりかは「良い映画」として鑑賞しました。
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