浦切三語

関心領域の浦切三語のレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
3.9
【動画版感想】
https://youtu.be/_5it-8p5ugc?si=9W8SsmvdcfhY-TZE

みんな勘違いしてるけど、ルドルフ・ヘスはハンナ・アレントが言うところの「凡庸な悪」ではない。劇中における彼の活動はまさにアレントが提唱するところの「仕事」そのものであり、アイヒマンの凡庸さに「労働」の凡庸さを見てとることはできても、次から次へとユダヤ人をいかに効率的に処分するかを能動的に考案するヘスの行動を「労働」と見ることは難しく、やはりこれはアレントが定義するところの「仕事」なのである。

しかしながら、そんな仕事熱心なヘスが作り出した「残酷な成果物」たるユダヤ人虐殺の歴史の陳列を前にして、眉ひとつ動かすことなく仕事をやりとげる清掃員の「無関心さ」が、ヘスの仕事の価値を無力化する。人は誰だって、その内容に関係なく、自分がやってきた仕事の中身を他人に認められたい欲望を持つ。この映画はそれを、現代のアウシュヴィッツ収容所博物館の目線を使って無価値なものにしている。その一方で、ガス室で殺されたユダヤ人たちの靴を見ても、仕事だから慣れてしまったのか、とくにこれといった反応もなく黙々とガラス窓を拭く清掃員の姿を通じて、ヘスやヘス一家の持つ無関心さは、私たち現代人にもあるのだということを訴える。仕事が存在する限り、私たちは無関心を装えるのだ。

この映画は「無関心さ」ゆえに残酷になる人間の心の弱さを恐ろしく描きつつ、そうした無関心さゆえに積み上げられていく仕事を歴史的事件という名の神棚から下ろすのもまた「無関心さ」なのだと伝えてくる。一概に「無関心は悪だ」と言ってるわけじゃないと思うよ。

それはそうと、相変わらずのジョナサン・グレイザー節が効いていて良かった。もっかい観てきます。


【追記】
この週末に3回鑑賞しちゃいましたが、観れば観るほど、この映画の素晴らしさに反するように、ルドルフ・ヘス一家に対する嫌悪感がどんどん増してくる。この嫌悪感がどこからやってくるのか自分なりに分析してみた結果、それは彼らの関心領域の狭さに対してではなく、その卑しさにあるのだと気づいた。ガス室に送られたユダヤ人たちの身に付けていた下着を漁り、彼らから奪いとったコートを着て鏡の前でチェックして、コートのポッケに入ってた口紅を平気な顔で唇に塗りつけるという、無神経な卑しさ。そして、このまったく無味無臭な生活空間にも嫌悪感を抱いた。プールや温室のある大きな庭はたしかに一見すると素晴らしく、そこに咲き誇る花たちも色とりどりではあるんだけど、不思議と匂いは感じない。反対に、収容所の煙突から吹き上がる煙……何万ものユダヤ人を骨の髄まで焼き殺した時に発生する煙からは、猛烈な生活臭がするのである。
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