Kuuta

ウィッシュのKuutaのレビュー・感想・評価

ウィッシュ(2023年製作の映画)
3.3
100周年記念作品に相応しい大ホームランではないが、内野安打で出塁くらいはしてる

社是と言える「星に願いを」を軸としたストーリー、水彩タッチの背景と3Dキャラの融合、伝統に敬意を示すバンビ的相棒と現代的にアップデートされたヒロイン。こうした立て付けから来る期待値には全く届いていない。

駆け足で王道展開をなぞっており、感動できそうなのに7割くらいで次に行っちゃう感じがもったいない。アリアナ・デボースの歌が聴きたかったので字幕にしました。

▽意外な主人公像
面白いのが主人公アーシャの設定。見る前は「どうせひたむきに夢を追いかける優等生なんだろ」とタカを括っていたが、一つしか願いを持てない今作の世界観の中で、彼女は「たった一つの願いが叶わなかった人」として描かれる。

将来の夢を持つ他のキャラと対照的に、アーシャは既に夢破れ、決定的な喪失を経験したにもかかわらず、前向きに生きようとする人間。こういう形で「等身大」の主人公像を提示してくるとは。

今作の「願い」は、序盤のAt All Costで示唆されるように子供のメタファーでもある。アーシャは、今作のヴィランである国王と、この歌を通じて一時心を通わせる。いずれも過去に喪失を経験し、心に傷を負っているからこそ、願いの大切さも分かっている。傷=呪いを持つ者が魔法を使える、というファンタジーのお約束を下敷きに、主人公とヴィランの鏡像関係がテンポ良く示され、「これは面白いのでは」と期待が高まった。

今作の難点はこの後に、2人の考え方の相違を描き切れないまま、弟子入りを望んでいたはずのアーシャが一気に反発し出すので、彼女の信念が見えにくいところにある。

アーシャが父から受け継いだ思い、テーマがはっきりしない状態で進行するため、セルフオマージュ風のミュージカルが、単なる過去作の焼き直しに見えてしまう。7人の小人を始めとするジェンダー的、人種的アップデートや無数のイースターエッグを除き、本筋に絞ったら正味45分くらいの内容では?

▽This Wish
ざっくり言えば、国王は自分のために願いを利用し、全体主義を肯定する。アーシャは他人のために願いを追い求め、個人の尊重に重きを置く(国王は「こんなに尽くしたのになぜ感謝されないのか」と怒る毒親)。

国王が独占する願いには、他のディズニー作品のイメージも含まれており、ディズニーのイマジネーションの破壊者という意味で最恐のヴィランではある。「一部の『正しい』願いを選別し、大衆に押し付ける傲慢さ」はディズニーの果たしてきた負の側面も象徴している。

対するアーシャは誰かの夢のために行動するディズニーの理想の体現者であり、前段と矛盾するが正直人間味はない。アナ雪と比べても、主人公の魅力に欠ける要因だろう。

アーシャの精神を体現しているのが、中盤に流れる主題歌のThis Wishだ。

So I make this wish to have something more for us than this
私たちにとってより大きな願いになるように、私は祈る

起伏を経ながら駆け上がるメロディー(than thisで目の前の現実に着地する感じが好き)と、歌詞の意味合いと、高台に登っていくアニメーション。3つの要素が噛み合っており、ここは作中でも突出して良い。

(日本語吹き替えの歌詞だとusの要素が消え、アーシャの変革と利他のメッセージが無くなってるがあれで良いのだろうか)

今日初めてこのシーンを見たのであれば泣いていたと思う。が、誇張抜きに予告で50回は見せられているし、何なら今日も本編前に2回流れていたので、「感動が…目減りしている…」とここでも感じてしまった。

▽とにかくパンチが足りない
アーシャは願いを叶える役割に徹し、ラストでなるほどそう来たかというキャラクター(某母親)に転身を遂げる。ただ、国王との対比不足と、理想的な存在すぎて共感しづらいという二重苦ゆえ、彼女の行く末がそもそも気にならない。本筋に興味を惹きつけることに失敗している。

サブキャラもあまりに味が薄い。喋らないスターはそもそも何なのか、何したいんだかよくわかんねえし、コメディリリーフのヤギとも微妙にキャラが被っている。毛糸が好きで人と人を繋いだり温めたりする設定は悪くないが、クライマックスの戦いで活用されるのかと思ったらそんなこともなく。

願いが叶う今作の王国はディズニーランドなわけで、冒頭のWelcome to Rosasでもっともっと魅力的に見せてほしかった。画面内の情報量が足りず、掴みから失敗している。
あまりに根本的な問題だが、全編通してCGのキャラクターが魅力的に見えず、演出もアイデアに乏しい。最後に国がどう変わったのか、色調の変化もなく、ここも大変駆け足だった。

100歳を迎えたアーシャの祖父が願いを叶えようとするというエピソードが、冒頭と締めくくりに付いている。祖父は無論、老いたディズニー社であり、アーシャの奮闘の末に再出発を果たし、彼の願いは観客に届けられる。それがやりたかったのね感はあるが、過程がグダグダなので心は動かなかった。
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