柊

銀河鉄道の父の柊のレビュー・感想・評価

銀河鉄道の父(2023年製作の映画)
3.6
このメンツでつまらない作品になる確率は非常に低いと思うので,割と安心して鑑賞。
もちろん役所広司の安定、坂井真紀、田中泯の更なる安定感で作品に十分奥行きを与えていたと思う。またあの時代のランプに照らされて仄暗く明るい感じとか東北のお金持ちの佇まいなど観るべきところも満載。ちょっと映った鹿踊りもアクセントになっていてよしよし。

そして誰もが絶賛する宮沢賢治役の菅田将暉、トシ役の森七菜だけど…もちろん熱演。それは私もそう思うが、でも敢えて言わせてもらうと宮沢賢治のちょっと特異な面だけが取り上げられていて、あれだけの文学作品を書き残した文学的知性があまり感じられなかった。彼の生い立ちから考えると恵まれた家庭環境でお坊ちゃん育ちながら学ぶ事により世界を知り、己の搾取する側に居た思考がひっくり返され貧しい者,弱き者に心を寄せて次から次へと手を出し、世界の平和と安寧を願うがあまりにも理想すぎてことごとく挫折していく。その失意の中で最愛の妹を亡くし…自己犠牲だけではこの世は救えないという挫折感を味わったはず。
故に彼の作品には理想の世界が繰り広げられている。その世界はとても美しく儚く…時にブラックユーモアにも満ち溢れているのではないだろうか。
でも菅田将暉が演じた賢治は農民を救えない苦悩、病人を救えない苦悩の演技が自己完結型で、世のため人のためにと言う所までは達していなかったように感じてしまった。これはひとえに学ぶ場の描写が全く無かったからなのかな?って思う…あまり出来は良くないみたいだったけど賢治の学生時代のエピソードは割と知られていて様々な交流も語られている。今回は家族愛に絞ったが故に登場する事はなかったのかも知れないが、そうなると賢治の人間形成に於いては表現しきれない部分もあるのではないかと感じた。卒業証書を持って帰って来て学生時代の描写は終わりだったし。
同じようにトシについても発症したのは東京で、その後は実家に戻って看病を受けるが、その時賢治は農学校の教員であったはず。なのにそんな風には全く見えなかったし、トシは賢治よりむしろ優秀で、老成した大人びたイメージがあるが、森七菜のトシは始終子どもっぽい。とても教壇に立っていた感じは受けなかった。
こう言ったよく知られた事を無視すれば、賢治とトシの人物描写はあれはあれで有りなのか?とも思う。
でもあまりにも有名な人だからね。宮沢賢治。

羅須治人協会の活動ももう少し尺が欲しかった。「下の畑におります」はぜひ使った欲しかったような気もする。

でも最後、JR釜石線のアーチ状の鉄橋の上を走る列車が本当に銀河鉄道みたいで2人がその列車に乗っているシーンも良かったなぁ。あれは死者が乗る列車だから…

でも最後の最後にちょっと興醒め。何ですか?あのエンディング曲。曲も合わなければ声質が全く作品に合ってない。このアーティストを採用した監督のセンスの無さ。
もう「星めぐりの歌」のインストルメンタルでも良かったくらいだ。
なので最後締まらなかったなぁ。
柊