大倉順憲

こんにちは、母さんの大倉順憲のレビュー・感想・評価

こんにちは、母さん(2023年製作の映画)
3.9
山田洋次監督「こんにちは、母さん」(試写@ニッショーホール)を観て。

 10年程前のこと。渋谷にある某TV局の幅2間程の狭い廊下を歩いていると、向こうの方から吉永小百合さんが歩いて来られた。和服姿で。お付きのような女性と共に。美しい。清楚だ。思わず見とれてしまった。ちょっとうつむきかげんで、小さい歩幅。すると俺とのすれ違いざまに、軽~く会釈をされて微笑まれたのだ。もう俺は卒倒しかけた。気絶するほど悩ましい。セクシャルバイオレットNO.1だ…いや、これは違う。
たぶん、首からIDカードを下げてコピー台本の束なんかを持っていたから『ああ、スタッフさんなのね。ご苦労さまです』と直感的にされた行為だったのだろう。俺は振り返って、遠ざかる吉永小百合ちゃんを、船が水平線の彼方に消えるまでの如く見送った。そして二礼二拝だ。祝詞もあげた。鈴も鳴らした。お賽銭は下北沢の「酒場りゅう」の大将若尾ちゃんにあげた。俺の小百合に会った自慢話を、2時間フルバージョンで聴いてくれたからだ。5回ぐらいリピートしてたけど。あんなに安焼酎が旨かったことは、かつてない。もういちど記しておこう。俺は吉永小百合に会釈と微笑を頂いたのだ。

 近頃のタレントだか女優だか知らないけど、エラそうに大股でのしのしと、デカい口でギャアギャア火が吹くほど騒ぎながら歩いているのとはワケが違う。ゴジラかお前らは。

 その吉永小百合様、待望の主演作だ。しかも永野芽郁の祖母役(オバアチャンと書きたくない)。息子は、大泉洋。我が心の師である小林信彦氏が「渥美清の後継者」と語る俳優だ。さすが山田洋次監督、小百合様と大泉洋の持ち味を存分に引き出している。脇に出てくる役者も、寺尾聡、田中泯、ワンシーンの神戸浩だの、山田組総出演だ。少しのドキドキ感と納得安心、ホロリとクスリ、そこにアンチとアイロニカルのスパイスをチョコっと掛けて、最後にドッカン。間違いない安定感。次回作があるとすれば、すべてを失ってしまった男が放浪の旅に出ていくのを想像してしまうのは、画面の何処かに寅さんの影が濃かったからか。 「寅さん病」が山田監督の不治の病なのは致し方ない。 続編が見たい。   
大倉順憲

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