おいなり

ゴジラ-1.0のおいなりのレビュー・感想・評価

ゴジラ-1.0(2023年製作の映画)
3.4
いまやハリウッドでも大人気で、あちらのヒーロー・キングコングと殴り合いをさせられたり、かと思えばタッグマッチ組まされてクソデカいゴリラと戦わされたり、正しく怪獣プロレスとしてスクリーンを騒がせているゴジラ。

そんなハリウッド・ゴジラの実に10分1未満の予算で本物のアカデミー賞の視覚効果賞を獲ったでお馴染みの、山崎貴版のゴジラです。



VFXのクオリティというのは、基本的には予算の大きさと人員の数が全てなのですが、それを3DCG映画のベテランである山崎貴の手による見せ方と、低予算が普通の邦画界でCGを作り続けてきた白組の技術で、ここまでのものを作り上げたのは賞賛に値する。

しかし映画のことなんも知らんオッサンが金の流れ握ってる日本では、「25億出せばアレ作れるんでしょ?」とかいうアホが出てきそうで怖いっすね。

そうならないためにももっと裏方にもスポットを当ててあげてほしいんですが、報道見てるとなんか監督賞とったんかって勢いで山崎貴くんばかり出てて、ほんとこの国のマスコミは物事を単純化するのが好きやなと思う。



というわけで、VFXに関しては概ねよくできていて、ハリウッドゴジラとはまた違った方向性の渋さはあるのですが、話題になってるわりに内容は大胆・奇抜というわけではなく、つまんなくはないけどまぁこんなもんかという感じ。

人間のメロドラマ成分が強すぎて、あんまゴジラっぽくないというか、何見せられてるんだろう……?と思う瞬間がちょいちょいあった。
ゴジラはこれまで以上に戦争・恐怖・そして核兵器のメタファーとして(誰にでも理解できるようにわかりやすく)描かれているのだが、どうにもそのための道具然とし過ぎていて、神々しさがない。某トカゲのバケモノ版ゴジラと比較するのはさすがに暴言がすぎると思うが、やってることは近い感がある。


人間ドラマを書きたい意思があるわりに、重要な対話シーンでは言わなくてもわかることを延々と俳優に言わせる拙さ(というか、台詞で言わせないと理解できんだろうという観客を舐めた脚本)、そしてそのわりにここぞという感情的な場面では、台詞じゃなく俳優に叫ばせるだけという舞台演劇みたいな脚本、そろそろどうにかなりませんかね。

みんな生き残ってハッピーエンド!も、作品のテーマを考えれば論理的ではあるけど、「特攻直前になったらこのレバー引けよ!」と、この後どんな展開が待っているか一瞬で察してしまう説明シーンがわざわざ入るせいで緊迫感が限りなくゼロ(いや、マイナスワン)になったり、なんやかや、安い奇跡で死んだと思った人が生きてました!ドラ泣き!!みたいなラストも、今どきちょっと……。


特攻から逃げた操縦士が、本当の意味で戦争を終わらせるために、為せなかった仕事を再びやり遂げる(そして、「生き残る」という答えで愚かな自己犠牲を否定する)という、理屈っぽい話の流れは嫌いじゃないんですけど、演出が脚本の良さを殺していたように感じてしまい、盛り上がれなかった。

でも「やったか……?!」「ダメでした」のテンプレを一本の映画で5、6回くらい繰り返す天丼ギャグは面白かったよ。



どうしたって直近の日本ゴジラである「シン・ゴジラ」と比べてしまうのは避けられないのだけれど、コミュ障の庵野秀明と比較すると、山崎貴はあまりにも優等生すぎるというか。毎回テストで80点とってる普通の奴と、テストは白紙だけど裏にめちゃくちゃ凝った絵を描いてくる変人って感じで、まぁ側から見てどっちが面白いかというと……。

シンゴジラが、内閣総辞職ビームで全滅したと思ってた官僚が実は生きてました!みたいなラストだったら、やっぱり感動より先にズコーってなったと思う。



でもやっぱ、本作のゴジラ波動砲の迫力はすごかった。
核爆弾を科学的に再現したオッペンハイマーが席巻したのと同じ年のアカデミー賞をとったのは、色んな意味で皮肉やなと思う。
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