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名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)の都部のレビュー・感想・評価

3.7
ミラクルキュートな科学者(サイエンティスト)である灰原哀を物語の主軸に据えた映画は今回が初となる。事実上の準主役の役目を彼女が堂々たる振る舞いにより果たす物語の様相は、黒の組織との接触が持つ危機感/緊張感を改めて発揮しながら、黒の組織の足抜け以前以後に見られる灰原哀の"変化"に焦点を当てた作劇となっており、構成要素は相も変わらず多いものの作品としての理路整然とした纏まりを着実に得ている印象。

該当人物の老若をAIの演算により特定する──灰原哀のみならず江戸川コナンまたそもそもの物語の根幹に大きく関与するシステムの争奪を巡る物語は、序盤から それにより生じる危機の規模感の共有として事更に脅威性が訴えられる為に、平和的観光日和が描写される導入から劇的の予感を感じさせ退屈しない。そこから中盤に差し掛かる前に発生する灰原哀を巡る"事件"によって物語は大きく進展して、以降 ブイで発生する殺人事件/黒の組織による灰原哀の秘密の追求と、同時進行する二つの縦軸が物語を盛り上がりに大きく帰依していたので中弛みも感じなかった。
終盤は例によって例の如く大規模な破壊を伴う展開を迎えるが、コナンと灰原の人物同士の距離関係や感情の相違が常にドラマの中心にあるため、物語に内在する繊細さを損なわずに最後まで華麗に駆け抜けている。かように堅実な序破急が徹底されていて、物語の方向性が強固であるからこそ、作中でフィーチャーされる灰原哀の物語の純度も高水準を維持出来ていたと言えるだろう。

江戸川を除く灰原哀の重要な関係者として、阿笠博士や毛利蘭の活躍に尺が割かれているのも印象的だった。近年の映画では準主役の役目を担うキャラクターのピックアップによって、その煽りを受ける形で与えられた役目を全うするに留まっていた二人だが、本作においては発明/戦闘のみならず灰原哀に対する強い情愛を感じさせる素振りが散見されるため人物の作劇上の位置エネルギーをしっかりと発揮していた。灰原哀が存在すべき場所──当人にとって重要であるそれが、相互的にそれを取り巻く人間にとっても灰原哀が重要な存在であることを担保する説得力をこれにより帯びているため劇的な展開に対する日常の暖かみはよくよく感じられる作りになっていて描写として気が効いている。

黒の組織を取り巻く物語の面白さとして、腹に一物を抱えた人間が多すぎるが故の混沌とした状況の構築があるが、ベルモット/バーボン/キールとそれぞれの理由から灰原哀を遠ざけたい三人に対して孤軍奮闘する羽目になるウォッカが今回 良い敵役(かたきやく)を演じていたきらいもある。ウォッカ映画である。作品の貢献度的にはクレジットの4.5番目くらいに記載されていてもおかしくない。それと比較するとジンの登場から全体のバランスが崩れて、いつものノリになるのが非常に惜しいだろう。過度な肩入れが目立つキールの挙動であったり、類型的な追随者と化すウォッカもそうだが、黒の組織映画のテンプレートめいた挙動が目立ち始めるのは明らかな欠点だろう。

映画としての評価は脇に置いて、灰原哀を愛好する一人としては彼女の喜怒哀楽を引き出す内容は大満足だった。平和慣れした彼女に改めて決断を迫る状況の構築として中々面白い所を突いてきたと感じる内容であったし、かつての友人に対する振る舞いや複雑な恋慕を向ける江戸川に対する挙動など楽しくて仕方がない。終盤の下りは全部好きだが、あのオチに彼女が作中で維持する無二の立ち位置の魅力が詰まっており大変良かった。
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