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怪物のRenのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.0
家族/他人/自分とは何か?という永遠のテーマを安易に解きほぐさず愚直に語り続ける是枝裕和監督と、リアルに繊細に言葉を紡いで人間を立体的に見せる坂元裕二脚本が絶妙な一点で交わっている。そしてそれを包む坂本龍一氏のスコア。完全無欠の三位一体感、文句無しに素晴らしかった。

人間(関係)とは非線形であり、人間の全面を知ることなど自分にだってできない前提の下で展開されるサスペンス。誰一人として正義とも悪ともキャラクター化しない、なぜなら人間とはそういうものだからだ、という価値観を全シーンで忘れない。

あの人のあの発言は、あの行動は、ほんの少し前のその人を少しでも知っていたらまた違うように感じたのでは?という対人関係の妙をあるアプローチで炙り出す。これ自体は歴史的によくある手法だけど、主にTVドラマ畑で活躍してきた坂元裕二が満を辞して解き放った感があり高揚した。勿論、このテーマと技巧も一致していて必然性がある。手法をミスリードとして消費していない。

コミュニケーションの中にある無自覚の偏見や攻撃性の忍ばせ方。男らしさの押し付けにシスヘテロ前提の人生観。ついカッとなって怒鳴ったり、無自覚に他人を蔑ろにしたり、会話の端々にある居心地の悪さの蓄積に割かれる前半パート。誰の視点でもしんどいが、ここに是枝監督の「この映画はLGBTQ映画ではない」発言の一因がある。
人間は誰もが「怪物」なる瞬間があるし、生きづらい場所がある、という話がともすれば回りくどいくらい慎重に丁寧に描かれる。そういう社会の中でさらにクィアの物語に寄っていく構成なので、そもそもコミュニケーションの話として誠実だと思った。

『最後の決闘裁判』のように、同場面を意図的に(台詞や表情や行動を)変更することは無い。「解釈違い」の話というよりは、「事実を自分都合で切り取って一面のみを見たときに自分の中に起こる偏見」の話だからだ。

フラストレーションも溜まるし辛い場面は多々ある。でもコミュニケーションに縛られながらも抑圧が徐々に寛解していく(ように見えた)様は、いつもの是枝作品と同じく安易な地獄模様ではなかった。断絶も行き止まりも無い世界はあるかもしれないという希望の話と勝手に解釈した。

パタパタと転換する物語の中で最もその印象の変更が激しいのは保利(永山瑛太)だが、そこを見事に体現した名演に溜息が漏れる。彼がダメだったら作品ごと崩れるところだった(是枝作品でそんな演技プランにはならない筈だけど)。
他にも是枝組と坂元組がドッキングした超豪華実力派キャスト陣は素晴らしいけど、物語の要である黒川想矢(湊)と柊木陽太(依里)の子役とかデビュー作とかのエクスキューズが一切不要な名演は必見。多面性を体現する人物たちが画面を支配する中で、ほぼ唯一の直球ヒール役にあの俳優を起用するのも納得しすぎた。

物語の展開としては、予告以上のことは起こらない。ただそこに生きる人物のみがドラマになっているのにしっかりエンタメでもあるという驚異の映画。この規模感でこんな感情にさせてくる映画は本当に稀だと思う。

【追記】特定の展開がどうという訳では特にないのだけど、公式が伏せている部分を伏せて魅力を伝えるのが難しい作品ではあるのでSNS拡散との相性は微妙な気がする。とりあえず気になる方はそれなりに体調を整えて劇場へ。
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