netfilms

すべての夜を思いだすのnetfilmsのレビュー・感想・評価

すべての夜を思いだす(2022年製作の映画)
4.2
 これもまた非常に難解な映画であるが一目見た時点で、禁欲的で大変崇高な映画だと感じる。固定カメラで長回しで切り取られた風景には、東京の多摩ニュータウンの草むらや森林が顔をだすのだが、その無人ショットにはおそらく何かが宿る。しかしそれが何かははっきりとはわからない。草むらは風に揺れ、木々はざわめき、鳥や虫たちが生命を謳歌する自然豊かな郊外の地には、コンクリートで舗装された道路でも土の記憶がはっきりと感じられる。大袈裟に言えば、土の記憶は数代に渡る人々の営みを何層ものレイヤーの交差により、見事なテクスチャーを織りなしていると見ることも出来る。土地にまつわる精霊が現代人の我々を嘲笑い、悪戯心を出しているようにも見える。それを飯岡幸子のカメラは清原惟の企みのままに、精緻に切り取って行く。

 春のある日のこと。誕生日を迎えた知珠(兵藤公美)は、友人から届いた引っ越しハガキを頼りに、ニュータウンの入り組んだ道を歩きはじめる。彼女は着物の着付けをしていたのだが、最近クビになって今は失業中の身だ。だがバスの乗り継ぎに失敗し、目的の住所には簡単には辿り着かない。そんなものはGoogleマップで見ればすぐにわかるのだが、街の磁場が彼女を不意に惑わせる。その様子を見つめるのはガス検針員の早苗(大場みなみ)である。検針の合間に早朝から行方知れずになっている老人を探し、家に帰したり、団地のおばちゃんにみかんを貰ったりと彼女の日常にも思いがけない出来事が起こる。大学生の夏(見上愛)はニュータウンのフリースペースでビートをかけながら、一心不乱にダンスをしている。その様子を知珠は少し離れたところから見つめるのだ。

 知珠、早苗、夏という3人の女性の視線は遠巻きから別の女性を見つめる。遠巻きだから視線は交差しているか否かはわからない。しかし彼女たちの目線の先には間違いなく彼女たちの姿があり、それぞれがそれぞれの身振り手振りに触発されて行く。誰が主人公で誰が端役かはここでは問われず、3人のシスターフッド的な連携は見えない襷をリレーすることで物語を形作る。土の記憶では、かつて3人を見つめる複数の目が合ったはずだ。夏と親友が花火に興じても、大はそのサークルには入らず彼女たちの楽しそうな背中をフィルム・カメラで写す。実体のある魂が映らない場面でも、その空白の中には確かに魂が宿り、何者かの視線がまるで彼女を見守るように確かにそこに「在る」。それは一階の角部屋に住む老婆のベランダの洗濯物を見つめる誰の視点かはわからぬ不穏さにも明らかだろう。取り止めのない世界の不確かさは時空の歪みによる不特定のレイヤーを宿す。そこには土の記憶に導かれた古の人々もまるで現代人のように饒舌に語り始める。問題作『わたしたちの家』を経て、あれから5年でその表現方法は磨きが掛けられ、禁欲的な中に凄まじいまでのざわめきがスクリーンに宿る。
netfilms

netfilms