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その夜の侍のTorichockのレビュー・感想・評価

その夜の侍(2012年製作の映画)
4.4

僕たちが映画を観るときに感じるリアリティってなんなんだろうって考えると、自分の経験と照らし合わせて、共感出来るセリフや空気感だったりすると思うんです。でも、僕たちは映画を観ながら、キャラクターが起こすアクション、例えば、物を食べる、物を買う等々において、どこかしらで今の自分との距離を感じてると思うんです。

もう少し突っ込んで話すと、例えば僕は、人を殺したことはありません。だから、どれだけ人を殺した人の映画を観ても、人を殺した人の気持ちは分からない。そして、その逆もまた然り。じゃあ、リアリティがないかって言ったら、そうじゃないんです。だって実際に、殺したり殺されたりしたこともない人が、リアルだとか言えるわけがないじゃないか?と、僕は思うんです。

何事も起こり得る現代にとって、本作の映画で起こる事件やそれに振り回される人々が、いわゆるリアリティのある映画です。ただ、本作がその他の作品と違うところは
"生活感"があるところ。
そして、ここが肝もなんですが、
物語の主役が、事件のせいで
"生活感"を失いかけている、そこアンバランス加減だと思うんです。
大切な人が殺された日を境に変わってしまった日常も、殺されるちょっと前の何気無い電話も日常。
一人の人が死ぬ時点以外は、腹も減るし眠くなるし金はかかるし心臓も動くしテレビではバラエティもやってる、それが日常。
劇中でくどいくらい繰り返される、日常的なワード。
納豆、プリン、バーミヤン、魚民、セブンイレブンにローソン、コンビニ弁当、牛角行ってからのサウナ、ゴールデンコース...。
あり合わせで作った何か、適当に選んで買った食事、何と無く生きて行くのに必要なだけの飯。でも、確実にそれは日常の中に存在する物で、僕らの血や肉はそこから出来ている、もしかしたら人の死さえも。
本作を観て感じたことは、日常が崩れ落ち変わってしまうという点においては、殺した側も殺されてた遺族側も、真逆のようで近い存在なのかもしれないということ。
劇中で青木を演じる新井浩文が発したセリフ、
"平凡って、全力で築くもの"
この作品に出てるすべてのキャラクターが、それを望んでいるのに、歯車がずれている。その失われた日常と、それでも続いてく生活感が痛くて苦しい。

作品的にも、素晴らしかったと僕は感じました。
堺雅人の演技も素晴らしかった、誰か分からないくらいに。まぁしかし、山田孝之の狂気に満ちた木島は、むこう10年は忘れることができないくらい怖かった。
バーベキュー!バーベキュー!
二人のラストシーンは壮絶だった。
どんなアクション映画よりも、激しく汚く陳腐で泥臭く壮絶だった。
また、綾野剛が演じた木島の友人・小林のセコさもなんとも胸に残った。木島というジャイアンに従うしかなかったのに、中村の鉄工所で働く久保が出て来ると、木島よりも怖いジャイアンっぷりに、ビビって萎縮してしまう。挙げ句の果てに、青木にビニール袋を投げ付けられる(笑)
ビニールなんて投げても意味ないわ!
でも、それが青木という男なんですけどね。

決して、簡単に観れるようなライトな映画ではないけれど、でも重いというわけでもなく、ただ壮絶な命の果し合いを観れました。
賛否両論がある映画なのは間違いなく、駄作・意味不明という人もいるでしょうが、僕は大好きな作品です。2012年で一番好きな邦画でした。
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