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みなに幸あれの消費者のレビュー・感想・評価

みなに幸あれ(2023年製作の映画)
4.8
・ジャンル
村ホラー/オカルト/サイコスリラー

・あらすじ
幼少期を過ごした祖父母の家に弟が熱を出した為、1人で帰省する事となった孫娘
祖父母は共に彼女を歓待し、看護学生として東京で暮らす彼女の夢を優しく応援してくれた
家はあの頃のままで孫は懐かしさに浸っていく
しかし彼女には幼い頃からこの家に不穏な何かを感じている場所があった
2階の奥にある閉ざされた部屋だ
そして今もまた当時の様にそこからは謎の物音が…
祖母はただの荷物部屋だと言うが当然腑に落ちない
やがてその違和感は部屋だけにとどまらなくなっていく
祖父母の奇妙な言動や行動、何かを知る様子の幼馴染…
決定的だったのは見知らぬ老人が祖父母によって目と口を縫われ監禁していた事だった
理解の追いつかぬまま孫は幼馴染に協力してもらい老人の解放を試みる
だが両親と弟が後からやって来ると父は瀕死となった老人を焼き殺してしまう
老人は一家の“幸せ”を維持する為の“犠牲”だった
更に両親と祖父母は次の“犠牲”を探すよう孫に求め…

・感想
KADOKAWA主催の一般公募フィルムコンペティション「第1回日本ホラー映画大賞」で大賞を受賞した作品を原作の下津優太監督が続投し長編映画化
監督は本作が長編1作目で総合プロデュースを清水崇、脚本を「ミンナのウタ」の角田ルミが担当している
昨年の話題作だったので鑑賞

登場人物の誰にも名前が与えられておらず、明確な怪異の存在や因習の詳細への言及もない
それでいて得体の知れない村人達が信じる“世界の仕組み”の気持ち悪さは妙に生々しく独特な作品だった
幼少期を過ごした孫も含め、村では誰もが顔見知りで相互監視をするまでもなく互いを把握している田舎特有の雰囲気
これがまた舞台としてぴったりで方言から察するに九州の村である事もまた彼の地に色濃く残っている男尊女卑の文化を思わせ因習に妙な説得力を与えている

人が恐怖を抱く対象というのは基本的に“分からない”物だ
それを徹底して巧みに活用した世界観が見事で長編デビュー作品とは到底思えない様な個性がそこには既に明確にある

本作で特に巧かったのは違和感の演出
ロケ地の地元民を起用した事で生まれる芝居のぎこちなさ
“何か”を常識として共有し、幼馴染以外の村民は全くそこに疑問を持っていない事
その為に何も知らぬ孫は愚かで滑稽な存在として扱われ続ける
怪異的な“法則”と集団心理的なヒトコワが不気味に絡み合った居心地の悪さ
それに抵抗しながらも孫もまたジワジワと蝕まれ狂気を孕んでいく様子がまた絶妙に厭でイイ

直接的なホラー演出に関しても一般的なJホラーともまた違った個性が本作にはある
多くの作品で見られるホラー演出は心霊や狂人による恐怖
対して本作は不快感に重点を置いているがそれもまた一味違う
不快描写において多いのは吐瀉物や糞尿、倒錯的な性描写などだが本作にそれらは皆無
“法則”のもたらす症状であろう流血や幻覚、痙攣、奇行
そういった敢えて少しショッキングさから遠ざけた描写の数々が何とも言えず気持ち悪い
僅かなゴア描写も加害的な物でなく、孫が絡め取られていく様を強調する形で機能しているのも興味深かった

そうした“ズラし”の描写で言えば孫が自身と同じ様に“犠牲”を拒み逃げたとされる山で出会う老女も面白い
ただでさえ限界集落に近い田舎から更に人里離れた山奥の小屋に暮らしながら老女は陰謀論の様なテクノロジーに根差した持論を語る
これもまた若干のシュールさを纏いつつも恐怖や狂気を壊さず1シーンとして馴染んでいて孫を更に袋小路へと追い込んでいる
老女が叔母なのか、あるいは彼女の隠していた白骨化した”犠牲者”が叔母なのか明かされないのも何とも言えない
村を離れて陰謀論者になったのか、隠遁者の犠牲となったのか
真相が“分からない”というのがまたね…

アリ・アスターの様な狂気性
ラース・フォン・トリアーの様な抽象性
ヨルゴス・ランティモスの様なシュールさ
これらが抑制されたJホラーらしさと組み合わさり、それでいて喧嘩していない
初長編でここまで完成された作品を出せるというのがプロデュースや脚本の助力はあれど圧倒的だった

こうした奇妙な世界に放り込まれる異物としての孫を演じた古川琴音も見事なハマり役
普通っぽさ、幸薄さ、脆さ、危うさ
そういった求められる色のどれもが揃っているし内面の変化も過不足なく演じ切っていた
是非とも今後もホラーで観たい役者

こうして長々と書いてきた中で触れて来なかった事が1つある
それはこの作品に込められた意味について
得体が知れないからこその恐怖を描いている本作に関してはそれを考察するのも若干野望にも思えるが一応書いておきたい
世界の幸せには限りがある
人間はそれを奪い合って生きてきた
それらが本作で語られる“法則”
しかしより重要なのは山奥の老女が口にしていた“視線”についてである様に思えた
異常な世界から見れば正常な人間は異物
自分にとって不幸に見える人間が自らもそう感じているとは限らない
自分が“異常”と感じている物が自分の中にもある
そういった“視線”に関する示唆によって全ては”幻“なのだと知り、気付けば自分も呑み込まれている
一般的な倫理観や常識もまた村の狂気や恐怖の様に実体を持たない
教育されてきた物理法則さえも異なる世界があるのかもしれない
これだけ捻られた世界観が最後に辿り着くのがそれらの恐怖の”原点“とも言うべき事であるという…

誰かを助ける事が良しとされながら誰かから奪わないと幸せを手に出来ない社会の孕む不条理さを巧妙な”ズラし“で個性的に表現した名作というのが総合的な感想
まだ粗い部分も無くはないけど下津優太監督には今後も期待したい
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