しん

みなに幸あれのしんのレビュー・感想・評価

みなに幸あれ(2023年製作の映画)
4.0
【この作品を評価しなければ、Jホラーは破滅に向かう】

昨今クリエイターとしての魂が抜け切った老害監督達は(清水崇や中田秀夫、三池崇史を筆頭に)まあ観れたものではないJホラーを量産しています。これは嘆くべき状況です。
それに比べ今作の下津監督、長編デビューながら素晴らしい作品を撮ってくださいました。Jホラーの星だと言ってもいいと思います。

優れたホラー映画というのは寓話性があり、社会的なテーマを軸に作られたものだと私は定義しています。『ゾンビ』は消費社界への批判、『ローズマリーの赤ちゃん』は妊娠に対する不安や男性の無理解、当時のサイケデリックムーブメント、『エクソシスト』はヒッピームーヴメントやカウンターカルチャーの暗喩。勿論私も大好きな作品達です。

では今作は?監督に寄ると「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」というテーマを下敷きに物語を構成したようです。これはマクロで見ると資本主義社会そのものでもあるし、ミクロで見ると(作中実際に描かれていたもので言うと)、家畜、いじめ、都市と田舎、少子高齢化、様々なテーマを内包したものです。
これだけとっ散らかったテーマを"家の中にいる何か"という概念でまとめ上げるアイディアは凄く心地が良かったです。
そして今作のもう一つの軸"それらの不条理をどのように受け入れるか、拒むのか"という一つ先のテーマにも発展します。孫や幼なじみ、虐められていた学生は社会のシステムを違った形で受け入れ、一方叔母はそれを拒み(部屋のミイラは諦めを表しますが)死の先に生を見出しました。
先日『関心領域』という作品を見ましたが、この辺りは非常に似通ったテーマだと感じました。すぐ目の前で虐められている人間を私が無視したら、それは悪になりますか?では今ガザで起こっている事に何も行動しないあなたは?自分の世界はどこからどこまでと定義するのが正しいのでしょうか。そんな事を問われている気になります。

この映画、別に怖くはないです。ホラー映画が苦手なあなたでも夜一人でトイレには行けます。ただ恐ろしいんです。私にとってはそういう作品が優れているんです。

アリ・アスターは勿論ですが、M・ナイト・シャマラン、ダーレン・アロノフスキーらの影響をひしひしと感じました。あと一歩で笑ってしまいそうなシュールレアリスム感はアレックス・ガーランドの『MEN』っぽさもありしたね。この辺りが好きな人には十分にお勧めできる作品かと思いました。
初めの一文にも書きましたが、この監督を評価するか、老害監督達(清水崇に関しては今作にも関わってるので何とも言えませんが)の稚拙な作品にお金を出し続けるか、今後のJホラーの分かれ道かと思います。
しん

しん