魅力あるキャラ!ビジュアル!サウンドトラック!だけど作品自体がポライトに収まってしまった惜しい作品
●この作品、いきなりでなんなんですが、期待しすぎてたかもしれません。予告で観たときのワクワクした面白みが高すぎて、すっごくノリたかったのに、うまくノセてくれなかったというか…多分評価も高いし、面白い作品なんだと思います。
だけど最後までちょっと下がっていく一方で、良いところもある。うーん、私の見方が悪かったのかな…?
なんかね、それぞれのキャラは悪くないんです。どのキャラクターも魅力的。ノリもすっごく分かるし、パキスタン系のドレスをまとった女の子とクンフーを掛け合わせたビジュアル、タランティーノフォロワーとして60年代〜70年代風映画へのオマージュとか、あと音楽のセンスの良さ、初期エドガー・ライトのおバカ系コメディ感に、テーマが抑圧的な社会からの女性の解放など全ていい要素を掛け合わせたところが本当に良い感じなのに、突き抜ける要素がなかったと感じました。
●主人公の、スタントウーマンを目指す厨二病真っ只中の主人公、リアとその友人たちの組み合わせ、これ、やりたいことは分かるんですよね。例えばリアがスパイ風に家宅侵入したり、仲間とともに姉の婚約者のノートPCを奪ってコピーをするミッション、姉を誘拐するミッション、ゾンビ風に主人公たちを追いかけてくる結婚式の出席者たちからの逃亡…とか…これって、こんなジャンルがあるのか分からないですが、童貞ケイパーモノ、って言うかんじ…いや、童貞って事実というよりも精神的童貞という意味で、底辺の童貞感あふれる主人公たちが彼らなりのミッションのためにとても大げさに奮闘するコメディ、例えばエドガー・ライトの『ホット・ファズ』とか『ショーン・オブ・ザ・デッド』、ジーン・スタプニツキーの『グッド・ボーイズ』とか、オリヴィア・ワイルドの『ブックスマート』、フィル・ロード&クリス・ミラーの『21ジャンプストリート』シリーズとか、思いつく限り書いてますけど、それらの作品のどれかのどこかの観たことあるようなシーンのサンプリングで成り立ってるような気がするんですよね。
どのキャラクターも、「なんか見たことあるアイツ」感が半端ない。
そもそもそれらのコメディって、元ネタの映画のアクションや「あるある」を、底辺の童貞的な主人公たちが仰々しくカバーすることでの面白さで成り立ってるんですけど、本作はさらにそれをサンプリングしてるのがビンビン分かるんですよね。
サンプリングのサンプリングってどうなんだろう…という気持ちになってしまう…
彼女等が奮闘するたびに、すごく既視感を感じてしまって、すごく安心感すらあるんですよね。いわばエドガー・ライトを参考書にした、とてもポライトな作品で、安心して見られますよ、と言われてるような気すらします。
●で、こうなると期待すべくはパキスタンのドレスを着た女の子のクンフーバトルになるわけですが、これもちょっと物足りない。何度コスられたかわからないようなマトリックスオマージュもはなじらんでしまうし、スタントウーマンを目指す女性というメタ的に観ても面白そうな設定が活かしきれず、もっとアクションを見せてくれよ!という部分に全く応えられてないんですね。ちょうど『フォールガイ』でスタントマン映画への盛り上がりがある時期だけにちょっと残念でした。予告編ではクンフーが凄そうだったのに、予告編で見たものが全てだったというか…
●脚本的にもチグハグな印象で、学校で突然始まる同級生とのクンフーバトルや、姉との血みどろのバトルが、終わってみたら何ともない日常になるんですけど、「あ、これってそういうファンタジー的な世界観なんだ」と思えば全て納得できるんですよね。
なので、例えばそれらはなんでもクンフーでかたをつける世界観だったり、もしくはリアの妄想性障害的な話だったらすっごい納得できると思ったんです。映画的に、観客が次第に現実と妄想の区別がつかなくなるような作りであってほしかった。それこそエドガー・ライトの『スコット・ピルグリム』的なぶっ飛んだ世界観でパーソナルな問題の表現をする映画であってほしかったんです。だとすれば、リアのやってるほとんど犯罪スレスレの行動も、納得できる。
だけど、結果的にはこの話がリアルなオチをつけてしまうんですね。「あれ?『ゲット・アウト』?」っていうような。だったらリアが奮闘していたミッションも本当にあったことかもしれないし、次々と襲ってくるクンフーの使い手達も、もはや妄想とは言えないわけで。
うーん…この映画のリアルラインが良くわからない…という方向性に向かうのが、観ててハラハラしてしまいました。
「リアの妄想であってくれ…!」って観てる間ずっと思ってました。
●婚約者とその母にまつわるリアの疑念は、とても妄想的で、むしろ最終的には、その疑念が晴れて、姉の結婚が幸せなモノであって欲しかった。姉の夢と自分の夢を同一視しすぎていたことを反省し、行き過ぎたシスコンを自分で克服してほしかった。
そして、「夢を諦める」ことの勇気や、夢を追い続けることからのプレッシャーを周囲が開放してあげることが裏のテーマだとしたらこの作品は傑作になり得たかもしれないんですね。
だけど姉は無理矢理そこに引き戻されてしまった。なんだかむしろ茨の道を歩ませるようでちょっと辛い気持ちになりました。結婚して幸せな家庭を持つことも、誰かの一つの幸せであるべきだし、全てが悪ではない。そういうこともある、と思わせてほしかった。
姉の婚約者だって、ちょっとマザコンではありますが、映画のほとんど最後までは全然有害性のない男性でしたし、最後の展開は唐突感がありました。
この作品に足りないのは、有害性のある男性(もしくはその家長制を守ろうとする女性やその社会)をぶっ飛ばすカタルシスで、そこに至るまでにその悪の権化の描き方なんですね。
例えばタランティーノの『デス・プルーフ』で、突き抜けるほど有害なカート・ラッセルが女性に囲まれてボコボコにされるくらいの爽快感がほしかった。そこまで描いているのであれば、相手をクンフーでボッコボコにやったれや〜!っていう観客のノリもでてきたんでしょうけど。悪役を描くならもっと本当にヤバいところをみせなきゃ…状況証拠だけで母や姉が納得するのもおかしい。むしろあの研究室のおぞましさを母と姉に見せないと納得できないですよね。
●とまあ、ここまで色々と申し上げましたが、たくさんこの映画にはいいところがあるんです。何度も言いますけど、教科書的とはいえどのキャラクターも本当に魅力的。すっごい好き。リア役のプリヤ・カンサラもドレス姿がキュートで本当にいい。ボリウッド的ミュージカルを演じた姿に本当に惚れてしまいました。姉のリトゥ・アリヤもパンクな感じが似合う。ヴィランとなるニムラ・ブチャも『ミズ・マーベル』でもヴィランを演じてて、悪役として面白い。友達達も一度観たら忘れられない個性的な人ばかり。
そして数少ないインド/パキスタン系イギリス人の女性映画監督として、ニダ・マンズール監督には頑張ってほしい。センスもいいし、ガッチリとテーマと想像力が噛み合えば、本当に良い作品が出来ると思う。なんだか上から目線ですが、できれば彼女たちの続編で、その力を観てみたい、そういう作品でした。