映画を観てるのに変な言い方だけど、「映画みたいだな」って思った。大谷翔平や藤井聡太など、「フィクションで描いたら嘘くさくなるような活躍」を現実に成し遂げている人は稀にいるが、森且行もそんな一人かもしれない。
さて、毎回こんなことを書いているが、僕は別に森且行にさして関心があるわけではない。ただやはり「ドキュメンタリー映画」には興味があるので観てみた。特に最近、ドキュメンタリー映画の公開が減ってるからなぁ(勝手に、「コロナ禍でドキュメンタリー映画の撮影が難しかった時期に取られていたとしたら、今頃公開されていたのではないか」みたいに思っている)。
さて本作は、人気絶頂だったSMAPを脱退してオートレーサーを目指し、「仲間との約束」だけを胸に、20年以上の歳月を掛けてついに日本一となった矢先、バランスを崩した別のバイクと接触、体中にボトルを埋め込む壮絶な手術をしながら、再びレースへの復帰を目指す森且行を追った映画である。
その事故は、悲願の日本一を達成した、僅か82日後のことだった。2021年1月、彼は事故に巻き込まれ、背骨2ヶ所が砕け、骨盤を骨折するという重傷を負った。骨盤の骨折により折れた骨が、大腿骨付近の太い血管に触れる寸前だったようで、もし5mmズレていたら、出血多量で恐らく助からなかっただろうと言われていた。
しかし、命だけは助かったものの、レース復帰は絶望しされていた。本作には、森且行の兄も出演しているのだが、事故直後医師から、「良くて車椅子、歩けるようになるかは分からない」「両足の麻痺が完治する可能性は1%」ぐらいに言われていたという。手術は4度に及び、背骨と骨盤を固定するために24本ものボトルが埋め込まれた。そのボルトのせいで、体育座りも、仰向けで寝ることも出来なかったそうだ。
しかし、森且行はレース復帰を諦めなかった。その理由を問われた彼は、「オートレースが好きだからでしょうね」とシンプルに言い切っていた。
さて、本作を観て初めて知ったのだが、森且行がオートレースに魅了されたのは、なんと幼稚園の頃だそうだ。毎週末、父親がオートレースに連れて行ってくれたようで、彼によってはオートレーサーがゴレンジャーそのものだったという。兄と2人でドハマりし、「身長が170cm以上になりませんように」と願っていたそうだ。170cmを超えると、そもそも試験を受けることさえ出来ないらしい。なかなか複雑な家庭環境で育ったようだが、しばし離れ離れになっていた兄と再び一緒に暮らせるようになってからは、公園で自転車に乗り「オートレーサーごっこ」に明け暮れていたそうだ。
それほど情熱を傾けられるものだからこそ、あらゆる人に迷惑を掛けながらSMAPを脱退し、当初は野次ばかりだったという状況にも耐え、「整備の鬼」(オートレーサーは、自分が乗るバイクの整備を自ら行う)と呼ばれるまでに細部に渡ってバイクの調整を欠かさないのだ。
そして、そんな人物だからこそ、周りも「助けたい!」と思うのだろう。
個人的に印象的だったのは、森且行のリハビリを担当した医師である。彼はオートレース場に足を運び、実際のレースを観たそうだ。というのも、「オートレーサーがどんな風に身体を使っているのかを確かめるため」である。レース復帰を目指す森且行は、足に麻痺が残り、踏ん張りがきかないという致命的な問題を抱えていた。それでもどうにか「バイクに乗れる身体」にするために、医師が全力でサポートしたのである。
また、これはサポートの話ではなく森且行の人間性に関するものだが、「森且行を怪我させてしまった後輩レーサー」との関わりも印象的だった。容易に想像はつくだろうが、森且行に大怪我をさせる原因を作ってしまったその後輩レーサーは凄まじい自責の念に駆られていた。しかし森且行は、「別に責任を感じることなんてないのに」と言っていた。恐らくこれは本心だろう。
オートレースというのは「走る格闘技」と言われているそうで、公営競技の中で最もスピードが出るそうだ。本作には、レース中のバイクに取り付けられたカメラからの映像も流れるが、そんな猛スピードで走りながら車体間隔ギリギリのところをすり抜けていくのだ。そんなスポーツに関わっていれば「怪我をするリスク」は承知の上だろう。本作には、兄と2人で釣りをしている様子が映し出されるが、兄が森且行に「次事故ったら、もう歩けなくなるかもね」と言っていた。しかし続けて、「でも、やりたいって思うならやるしかないよね」とも口にし、復帰の後押しをしていたのである。
映画冒頭でも、森且行が巻き込まれたものではない事故の映像が流れた。5~6台が絡むかなりの事故に見えた。こういう事故がどれぐらい起こるものなのか知らないが、「誰もがその覚悟を持っている」ぐらいには頻発しているのではないかと思うし、オートレースを昔から見続けてきた森且行には、その辺りのことは理解できているだろうと思った。
レースの復帰までには2年強の時間を要した。その間、何度も諦めそうになったそうだ。そりゃあそうだろう。最初は「歩けるようになるか分からない」と言われていたし、事故から4ヶ月後の退院時さえ杖をつかないと歩けなかったのだ。ようやくバイクに乗ってオーバル(楕円形のサーキットを指す言葉だそうだ)を走れることになったが、そこで「全然ダメ」だということが判明し、さらにそこから肉体改造に励むのだ。
彼の同期たちは「弱音を吐くところを見たことがない」と言っていたが、兄にだけは「もう無理かもしれない」と辛さを吐露していたようだ。しかし、自分の中の不安を吹き飛ばすかのように、復帰までの期間、イベントなどに出席しては、森且行は復帰を公言し続けた。そこには色んな理由が込められているのだが、その1つに「事故を起こしてしまった後輩レーサーへの気遣い」もある。レースに復帰したら、あいつも一安心するだろう、というわけだ。そんなことまで考えながら、凄まじいリハビリを続けたのである。
そして復帰戦。なかなか凄まじい結果だった。それは是非本編を観てほしい。
森且行が、「ここまで来たら、後はメンタルだよな」と口にする場面がある。その時近くに、同期のレーサーもいて、「ホントへこたれないよねぇ」としみじみ口にしていたのが印象的だった。僕は「諦めなければ夢は叶う」みたいな言説があまり好きではないのだが(本作では、森且行がそう口にしていたかははっきり覚えていないが、ナレーションでは使われていたような記憶がある)、しかし、森且行に言われたら「まあそうだね」と納得するしかない感じもある。それぐらい、「諦めないこと」と「努力し続けること」のレベルが凄まじかった。
さて、本作では、恐らく色んな人が自主規制しているのだろう、「SMAP」とかメンバーの名前が出てくることはほとんどない。兄や同期は「仲間」みたいな言い方をしており、「SMAP」とはっきり口にしていたのは、オートレースの実況が「元SMAPの森且行」みたいに言っている時ぐらいだったと思う。
ただ、やはり森且行は度々メンバーの名前を出していた。今も連絡を取り続けているようだ。また、「養成所入所前に家に来てもらって、ハヤシライスを食べながら断髪式をしてもらった」みたいなことも言っていた。ヘルメットには、5人のメンバーカラーをあしらった星型をデザインしている。見ると、みんなも頑張っているんだからと元気が湧いてくるそうだ。
ホントに、凄い人がいたものだなと思う。外野の僕が言えることは、「とにかく、自分のためだけに頑張ってくれ」ということぐらいである。あとはまあ、どうにか死なないでほしい。