あかぬ

ビヨンド・ユートピア 脱北のあかぬのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

自由を求めて脱北を試みる、ある家族の決死の旅に密着したドキュメンタリー映画。
過去に1000人以上の脱北を支援してきた韓国のキム・ソンウン牧師の元に、ロ一家を助けて欲しいとの連絡が入る。
80代の老母と娘夫婦、幼い子供2人の計5人のロ一家は命からがら脱北を実行したものの中国の山間部で路頭に迷っていた。脱北した親戚がいるため当局によってマークされ、国を離れることを余儀なくされた一家に助けを求められたキム牧師は、韓国へ脱北を成功させた親戚と協力して一家の韓国移住を目指す。キム牧師が立てた緻密な脱北計画は各地の50人以上ものブローカーが協力。北朝鮮からタイまで4つもの国境を越え、1万2千キロの過酷な旅を続ける。
また、ロ一家とは別にもうひとつのストーリーラインが同時進行していく。韓国に逃げた母親が祖国に取り残された18歳の息子を脱北させようとする、親子に密着したものだ。母親は我が子のためにブローカーを雇うが、心ないブローカーの裏切りにより息子は強制送還されてしまう。息子は一体どうなってしまうのか………。

凄すぎる。もっともっとたくさんの劇場で上映されるべきだし、今後もいろんな媒体で世に出て欲しい映画。

冒頭で再現映像は一切使用していないという字幕が入るがそれを認識してもなお、とても現実だとは思えないほどの北朝鮮の異常すぎる実態がありありと映し出されている。
フィクション映画でも描くことの出来ないような想像を絶する光景が次々と出てきて顔を歪めてしまう。ドキュメンタリー映画の中でも類を見ないほどの異質さを感じた。
終始途切れることのないスリルがあり、北朝鮮国内の様子を捉えた証拠映像や、過去に北朝鮮から亡命した人物の証言、有識者のインタビューなどから、世界で最も閉ざされた国といわれる北朝鮮の現状と歴史を理解することができる。
脱北者にとって祖国を離れることは、悪徳ブローカーによる搾取の可能性だけでなく、捕らえられれば厳しい刑罰や場合によっては処刑されるなど、大きな危険をはらみ、残された家族も報復にさらされる可能性がある。脱北がバレないように、暗い森の中で灯りをつけることも、声を出すことも許されない、常に死と隣り合わせの状況にいる家族をカメラが捉えるという恐ろしさ。
スタッフの同行が許されない現場では、家族を先導するブローカーや、キム牧師が撮影協力をしていて、暗視カメラの使用や、洋服の袖に折り畳み式携帯電話を隠して撮影したりと対策はしていたようだが、ただでさえ危険すぎる状況下でカメラを回すという行為には尋常ではないリスクがつきまとう。それでも監督がここまで北朝鮮に暮らす人々の"生"に最後までこだわったからこそ、この映画を世の中に送り出すことに大きな価値があるのだと思う。

金日成、金正日、金正恩はとにかく体制を永続化させることに集中してきた。北朝鮮の子どもたちは学校で歴代最高指導者の神格化と、反米・反韓・反日の思想を教材や歌などを使って教えられる。洗脳教育(マインドコントロール)によって信仰心を強化させ、国民を完全に支配することが目的だ。
他にもテレビのチャンネルは1つしかなく国営放送のみ。スマホを手にする市民は少なくないが、ネットはあくまで国内限定で海外とは一切繋がらない。そのため、北朝鮮で暮らす人々は外の世界を知ることのないまま祖国で一生を終える人がほとんど。
脱北者の大半は住む場所を追いやられ国に居場所が無くなってしまった難民で、脱北の理由は悪政への反発からではなく、生き延びるために仕方なくするのだというから驚きだ。

特に印象に残っているのが、金正恩に対してどんな印象を持つかとロ一家に質問した場面でのおばあさんの言葉。
恐怖支配からではなく、本心から放ったその言葉は国家の暴力性とプロパガンダの恐ろしさを物語っていると思った。
北朝鮮では「アメリカ人」という言葉は存在せず全て「憎きアメリカ人」と1つの単語で表されている。アメリカ人は自分たちに危害を加えたがっていて、殺したいとすら思っていると教えられるそう。彼女はアメリカ人であるスタッフと過ごしてきた体験を通して、過去80年以上にわたって言い聞かされてきたことが真っ赤な嘘だったと気づきはじめた。その一方で事実を簡単に受け入れることができない複雑な気持ちもあって、おばあさんの今まで生きてきた80年分の葛藤が見える物凄い映像だ。

北朝鮮と聞かれてまず思いつくことといえば、金正恩の面か、ミサイルか、大規模で機械的なマスゲームくらいの表面的なもので、北朝鮮で暮らすふつうの人々の生活など想像もしたことがなかった。海外のメディアに映るのは金正恩が見せたい景色ばかりで、そこに暮らす2600万人の姿が現れていないことにゾッとする。
北朝鮮の人々と私たち日本人の顔はよく似ている。生まれた国が違っただけでこうも人の人生を左右させてしまうのか。私たちは常に感覚を尖らせて、悲惨な現実を受け止めないといけない。
あかぬ

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