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虎の尾を踏む男達のすえのレビュー・感想・評価

虎の尾を踏む男達(1945年製作の映画)
4.5
記録

「『虎の尾を踏む男達』は歌舞伎の「勧進帳」を音楽喜劇に直したような作品なんだな、これは。実はこれに取りかかる前に、僕のシナリオで「どっこいこの槍」というのがあったんだ。ちょん髷のアクション・ドラマなんだけれども、ところがこの映画に必要な馬が戦争でもってとられて使えないので、それでどうしようか考えているとき、ひとつ「勧進帳」を撮ってみたらという話が出た。(中略)なにしろ物資のない時代で、セットもうんと倹約し、キャメラもあまり動かさないでしかも面白いものにしようというのだから、これには苦労した。」(黒澤明)

黒澤明の監督第3作、これは大傑作。歌舞伎の「勧進帳」と能の「安宅」がもととなった、ミュージカル仕立ての作品。何と気持ちがよく、楽しい映画だろうか。「これは、日本の敗戦が自由闊達な雰囲気をもたらしたからで、今思い出してもこの映画には、何か開放感が乗り移ったような観があった。」と、黒澤明をよく知る堀川弘道は語っている(『評伝 黒澤明』)。

当初、黒澤明は戦国ものの時代劇、『どっこいこの槍』を予定していたが、敗戦間際の戦況で、その撮影に必要な馬を集めることが不可能に。その代わりに大急ぎでシナリオを書き、すぐに撮れる作品として『虎の尾を踏む男達』を作った。戦時下の物資不足で何もかもが足りない状況、考えられないほど簡単なセットで撮影されている。費用は映画の良し悪しを左右する一要因でしかないのだな、とこの映画を観ていると感じさせられる(この名優たちのキャスティングにはかなり費用がかかっているだろうが)。

演出の妙、熱演のぶつかり合い、全てにおいて完成度の高い作品。関所のシーンでのシリアスな緊張感と、エノケンという喜劇俳優が生み出すユーモラスが、混ざりあって独特の空気を生み出している。エノケンが1人浮かずに、あの世界観に溶け込んでいることが彼の素晴らしさの証明だろう。黒澤明もエノケンが一番映画について分かってくれていたと語るように、本当に偉大な役者だったのだなと感心。弁慶演じる大河内傳次郎の名演、異様な存在感を放つ久松保夫など、俳優の素晴らしさを挙げだせばキリがない。

『虎の尾を踏む男達』の撮影中、アメリカ占領軍が撮影所見学に訪れた。その中に黒澤明が敬愛するジョン・フォードがいたが、黒澤明本人は全く知らなかった、という小話もあるそうな。

また完成当時、日本の検閲官に日本の古典を侮辱した作品などとケチをつけられ(なんてアホらしい)、GHQの検閲に提出されなかったためお蔵入り。1952年の『白痴』の後でやっと封切ることができた。

兎に角、この映画自体の素晴らしさは然ることながら、敗戦の空気が漂う戦時下で物資も少なく、空腹に耐えながら映画を作ったその熱意に打たれた。映画人が映画製作へ燃やす情熱、本当に格好が良い。

2023,312本目 11/30 DVD
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