すえ

ディア・ハンターのすえのレビュー・感想・評価

ディア・ハンター(1978年製作の映画)
4.8
記録

大傑作。戦争行為だけでなく“戦争”という事象そのものを、限りなく成功に近いかたちで表象しているのではないか。

現在進行形だったはずの幸せが、映画内時間が進むにつれ過去のものへと変容する。それはたったひとつのカットで割るだけで起こり、ピアノの悲しい旋律を共に時間的・空間的距離を跳躍する。そうして我々はかつての幸せの儚さに気づくが、その時にはもう既にベトナムの戦地にいる。

しかしその幸せに溢れる映像の中でも、戦争を想起させるものが挿入されている。冒頭の工場でのシーンは戦争的な(爆発の)イメージと直結するし、何より結婚式においてこの映画で初めて血が流れる。新婦のドレスを赤く染めるワインは、ベトナムで流れる血を予期しているかのようである。

戦争に行く前後で、似たような行為を反復することでそこに生まれる差異がある。その微妙な差が、戦争の影響を浮き彫りにする。戦争を経験する前と後、戦争経験者と非経験者、その対比が生む隔絶の深さ。

ラスト・シークェンスで食卓を囲む彼ら、明らかに意識されたシンメトリーな構図はスティーヴンの不在を強調する(その意味ではアシンメトリーといえる)。

俺の大好きな役者のひとり、ジョン・カザールがここでも(デコが)輝いている。いや、彼自身が輝いているというよりも、主演をどんなキャラクターよりも輝かせている。彼の名脇役ぶりにはいつも驚かされる、この天才を早くに亡くしてしまったのは本当に惜しい。

戦争は人間が人間であることを拒否する。そうして人間性を剥ぎ取られた者たちが、以前と同じように暮らし、生きてゆくことが出来るはずないのだ。

2024,162本目 6/11 DVD
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