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マグダレーナ・ヴィラガのarchのレビュー・感想・評価

マグダレーナ・ヴィラガ(1986年製作の映画)
4.2
「私は今いる場所が好き。私はここにはいない」

シャンタル・アケルマン、ケリー・ライカート、ウルリケ・オッティンガーなど、日本で再発見される形で特集されてきた女性監督達に並ぶ形で今、日本で特集上映されているのがニナ・メンケスである。
フェミニズム文脈として素晴らしいことも然ることながら、時間と空間の映像的な再解釈の見事さにも舌を巻く。

この映画には所謂物理的な時間が流れていない。本作に流れているのは、主人公イダの捉える"日常"の感覚だ。繰り返される精神的苦痛の伴うセックス、まるでそれ以外の生活がないようなモンタージュ。前後して描かれる彼女が収監される映像が、彼女がかけられる冤罪関係なく、彼女の地獄、束縛感を表現していて、そこには終わりのない停滞する時間が出来上がっている。この時間感覚こそがニナ・メンケス独特のスタイルでなのだろう。
面白いのは、その現実的な時間感覚の逃避がまさに、彼女に力を与えているところだ。彼女は魔女だと三回告げる。そうすることで、逃避(あるいは虚構)の力を用いて、逃げ出すのだ。(クレア自体もどこかイマジナリーな存在に思える)
逃避を力とする、その作劇が自分は好きだ。

また興味深いのは『ブレインウォッシュ』でも言及される女性の客体化という視点。そういう意味だと本作はまさに客体化から解放された視点でとられている。(特にセックスシーン)
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