ぞみ

夜明けのすべてのぞみのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
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私は4年ほど前大学生だった時、軽度のパニック障害のような症状になった。電車に乗ると息の仕方を忘れてしまったように苦しくなった。息ができないので、満員電車や快速は乗れなくなり、いつでも降りられる各駅停車じゃないと怖かった。教室はいつでも外に出られるよう、ドアのすぐ横の席でないと座れなかったし、好きだった映画館も緊張と不安の対象になってしまった。1、2年ほど経って症状は少しづつ改善し、今では満員電車も満席の映画館も大丈夫になった…と思っていた。しかし、山添くんが発作に襲われて浅い呼吸になって、薬をわーっと探しているのを見た時、私も同じように、苦しくなった。あの頃の感覚がよみがえり、息がしづらくなって心臓がドキドキしていた。どうしよう、最後まで観られないかもしれない、もう無理かもしれない。でもきちんと観たい、それに私はもう、大丈夫になったんだから……。張り詰めた気持ちで観ていた時、あの散髪のシーンがきた。躊躇なくジョキィッと髪を切る音、山添くんの爆笑する姿に、笑ってしまった。客席にも、思わず漏れてしまったというような静かな笑い声が響いた。(しかもおじさんの笑い声。若い女性が比較的多い中、おじさんがこの映画を観にきていること、そしておじさんが笑っているのがなんだか良かった。彼らにも刺さっているんだなぁと、客席の全員で感覚が共有されている気がして、一体感のようなものを感じで嬉しくなった。)そこからはもう、本当に大丈夫になった。2人の気持ちも物語も、少しずつ明るい方に、夜明けに、近づいているように思えた。この映画では泣かないと思っていた。事前に原作を読んでいた友人からも、「泣くというよりかは、明日からも頑張ろうって思える映画」だと聞いていた。しかし、大号泣してしまった。周りで泣いている人はおそらくいなかったし、隣の友人にも「え、泣ける感じだった?」と言われたし、なんなら自分でも泣きながらちょっと引いていた。劇的な展開や泣かせる演出があるわけではなかったから、無理矢理感情を動かされて泣いてしまったわけではない。私は自分の意思で、泣いていた。夜明けについてのメモを読み上げる藤沢さんの声に、それを聞く山添くんの微笑みに。自分や、家族のことを重ねて、泣いた。こんなにも泣ける自分に驚いたし、そうさせてくれるこの作品のパワーにも驚いた。大袈裟でなく、人生に、いろいろな人の悲しみや生活にそっと寄り添ってくれる映画だと思った。また観たい。
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